So-net無料ブログ作成
検索選択
前の2件 | -

癌細胞消滅の奇跡 [日々の背中2:糖尿前立腺ガン編]

病院受付.jpg

先日、前立腺がん手術前の心臓検査と前立腺MRIを行なった。
最後のMRIが一年程前だったので、その後の状態を手術直前に確認する為だった。
そうしたところが…何と!PSA値20.39ng/mL で手術の準備をしていたものが、2.79ng/mL と摘出の必要のない程度で消滅に近いくらいに収縮していた。

担当医師曰く「もう手術の必要性ありませんね。と言うよりこの数値では手術が認められません」
検査の翌日にその結果と手術段取りの説明を受けるために妻と同行で病院に伺ったのだが、医師からの言葉を聞いて呆気に取られた。(妻は嬉しくて心の中で万歳を唱えていたらしいが)

前立腺写真.jpg

こんな事ってあるんですねぇ。
運がイイというのか何というか…今週末には全身麻酔で手術入院と覚悟を決めていたのですっかり拍子抜けしてしまいました。
「癌細胞って場合によっては消えてしまう事もあるんだ」世の中というものはとにかく自分で経験してみなければ分からない事ばかりです。特に大事な事は他人の話を鵜呑みにしない事ですね。

中央放射線MRI.jpg

考えてみると私はどうやら運の良い人間のようで、これまでも幾度となく奇跡的な幸運に救われたという経験があります。
例えば、鉄柱にあと1mもずれていたら即死だったような自動車事故や、喉が乾いてろれつが回らなくなり急いで病院に駆け込んだら血糖値が530でヘモグロビンA1Cが14.5というとんでもない数値で昏睡状態に陥る一歩手前などなど…。
今回も癌の宣告を受けてから手術が嫌で何だかんだとズルズル引き延ばしていた事が、私の場合は自然消滅につながったという訳で迅速な行動が必ずしも良い結果を導くとは限らない“世の名言 必ずしも的を得ず”という事ですね。

とりあえずこれで前立腺ガンとの闘いは一段落した訳で、改めて根本体質となっている高血糖の糖尿病に向き合うことにします。実はこちらの方が厄介なんですけどね。

 


nice!(11)  コメント(11) 
共通テーマ:日記・雑感

父から聞いた戦前の話 [随想随筆]

新聞雑誌、テレビやネットなど多くの情報に接するたびにふと頭をよぎる事がある。
「私たちはこれらの過多な情報にまつわる論評をどこまでまともな気持ちで聞いているのだろうか?」
真に受けて信じ込んでいるとしたらそれは危険な事でもあり、反面また単に聞き流して真に受けていないのならその風評は何といい加減に世間に垂れ流されてゆくものなのだろう。

時代が今のような様相になってからは、言葉の真意が曖昧で取りとめのないものに変色してしまったような気がする。
改めて自分の幼かった頃に周囲の年配の人たちが話していた内容を、とりわけ父親との話を思い出してみると何か本質的な部分で違いを感じずにはいられない。

私の父親は明治44年生まれだったので、最後の一年間の明治時代を含めて大正、昭和、平成と四つの時代を生きたことになる。
その父は34歳の頃に召集令状が来て戦地に赴いたという事だったが、この年齢では高齢の部類で身体検査も下のランクだったので、まさか軍隊に召集されるとは思っていなかったらしく、昭和19年で戦争も末期の頃だったから周りの知人たちからは「お前が兵隊になるようでは日本の軍隊も終わりだな」などと冷やかされたらしい。

戦前の日本で現代と違いを感じるのは、社会がまだ整備されていなかったせいもあるが、アウトロー的な知識層が多かったという部分だ。一匹狼とか無頼とかいう言葉が生きていてそれを自負する作家や芸術家も多かった。
学校制度も戦後のGHQ指導とは違っていたから、父の通っていた学校では能力に応じて自由に上級に上がれる合理的な学年編成のシステムを採用していたらしい。

「末は博士か大臣か」という言葉が流行った時代があって田舎出身の父も外交官を夢見て東京の大学に進んだのだが、帝都の文化的な刺激に魅了されていつしか文学や芸術の世界に足を踏み入れてしまったという多情で意志薄弱な親父でもあった。
昭和初期という時代は立身出世というビジョンで単純に社会的向上心を煽られる反面、呑気で刹那的な享楽を求める厭世感も浸透していたのは今の日本社会ともそれほど変わらないのかも知れない。

社会は未成熟でインフラもシステムもまだ未整備だったが、人々の気質は自立心の強い無頼の精神が見受けられた社会だったように思える。
最近よく言われる『空気を読む』といった慣れ合いの生活感覚などとは程遠く、意外と自分の領域を自覚して迷いのない生き方をしている市井の人々も多かったようだ。

文庫:戦前の日本.jpg

新聞やラジオでしか世間のニュースを得ることもなく、その情報量の少なさから戦前の日本人は文化的水準までもが遅れていたようにイメージされがちだが、確かに社会生活基盤といったインフラの部分では未開発部分が多かったものの、民族的な文化水準はある意味で今よりもオリジナリティが高かったようにも思える。
欧米の“リーガル・マインド”は浅かったかも知れないが、“法の基準”としての日本的な任侠や道徳の意識は幼児期から培ったものとして一般社会・日常生活のコンセンサスとして根付いていた。

そういった自覚あった筈の人々がいつの間にか戦争に取り込まれ邁進していったのは、やはり人間本来の「力」への憧れと一般世論から外れて独自に社会的に生きることの難しさというものなのだろう。
父から聞いた戦前の話を思い出し改めて振り返ったとき、今の時代の意識が“強い者の力に屈する軟弱な思考”で、生きる権利や万人平等といった綺麗ごとで受け売りの善人願望などはオセロの駒のように一気に裏返ってしまうような気がしてならない。
丁度戦前の市井の人たちが戦争を避けたいと思いながらもいつの間にか同調して受け入れるに至ったような社会的ムードに近いものが今日の私たちに迫っているような気もする。

戦前の日本人のものの考え方として私が憧れるのは「気骨ある精神」というヤツだ。情報量が少なかったことも事実だし、知識が洗練されていなかったことも事実だろう。しかしそんな事を自覚はしていても頓着はしない懸命な一途さがあったように思える。
現代ではあまり聞かれなくなった「無頼漢」「一匹狼」という呼称は、“長いからといって巻かれない、強いからといって屈しない”毅然とした生き様の象徴であり、戦前の社会では大衆から求められていた何かがあったのだろう。

単なるひねくれ者や暴力に媚びるやくざ者とは根本的に違う「無頼漢」は今の社会では認められにくいストイックな美学なのだろう。

 


nice!(15)  コメント(2) 
共通テーマ:日記・雑感
前の2件 | -