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日々の背中2:糖尿前立腺ガン編 ブログトップ

闘病の自覚 [日々の背中2:糖尿前立腺ガン編]

 今週末に前立腺その後の経過検診の予定があるのだが、それ以前に一難去ってまた一難、糖尿の方の具合がよろしくない。
毎年春頃になると年末年始の食べ過ぎや、汗をかかない季節のためか血糖値は上がって来るのだが、先日測ったHb(ヘモグロビン)A1cは何と10.8に上がっていた。5~6.5が正常値というものが近年中では最悪の数値になっていた。本来なら入院治療しなければならない状態である。


去年から前立腺ガン問題が浮上して治療や対策にあれこれと時間を割いてきたが、実は私にとって一番の問題は「糖尿病」であるという事だった。
糖尿病と診断されてから早9年になるが、決して模範的な患者ではない私はその時々の自分の意識や気分の変化によって病気との付き合い方が変わってくる。合理的に理論的に機械的に症状に対処出来ない人間なのである(苦笑)
(※ちなみに親戚の中で同じ様に糖尿病を患っている叔父がいるが彼は私とは対極の模範的な患者で、カロリー計算も正確に測って食事制限や規則正しい生活をしている。妻からも咎められている私の日常と比べると恥ずかしくて頭が上がりません)


病院の食事.jpg


ではその様な生活態度の私はあまり真剣に深刻に病気の事を考えてはいないのか、と言えばそんな事はありません。やはり一番気にかかるのは「合併症」のことです。
実は妻にも正確には伝えていませんが、手足の指先が常時しびれているのです。足の方が特に厳しく一ヵ所に小さな鬱血の跡が見られます。この症状が現われ始めたのは昨年の暮れからで、その頃は前立腺ガンのことで頭がいっぱいで壊疽(えそ)の可能性は気にしながらも後回しにしていたのでした。本当はもっと早期に医師のチェックが必要だったのでしょうけれど、一ヵ月ほど前にようやく相談に行った結果…心配していた合併症にまでは進んでいなかったようですが、どうやら動脈硬化が始まっていて血流が末梢神経まで行き届かない血栓症であることが原因と診断されました。


しかしこれはこれで脳血栓から「脳梗塞」などを引き起こす可能性の考えられる恐ろしい状態でもあるので、あまり呑気な事を言っている場合ではないようです。
私には「闘病している」という自覚が足りないのでしょうね。そんな遮二無二になっては判断を見誤りますが、やはり病人である事の自覚と謙虚さは必要なのでしょう。
食べたいように食べて、生きたいように生きることは願望ですがそれが叶わぬ状況にしてしまった現実をしっかり見据えて生き方を調整してみる事も可能性を広げる工夫と言えるかも知れません。


かつて「糖尿ロッキー」なんて言う“病魔と闘う馬鹿真面目なヒーロー”を考えたことがありましたが、自分の病魔と対峙して闘う姿は人生そのものでもあり、どんなに無様に見えても見方によっては勇気を与える生き様かも知れません。
…なぁ~んて事を言いながら、闘病の自覚を背負って明日に向かってモアベター!


インシュリン注射.jpg


 


 


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癌細胞消滅の奇跡 [日々の背中2:糖尿前立腺ガン編]

病院受付.jpg

先日、前立腺がん手術前の心臓検査と前立腺MRIを行なった。
最後のMRIが一年程前だったので、その後の状態を手術直前に確認する為だった。
そうしたところが…何と!PSA値20.39ng/mL で手術の準備をしていたものが、2.79ng/mL と摘出の必要のない程度で消滅に近いくらいに収縮していた。

担当医師曰く「もう手術の必要性ありませんね。と言うよりこの数値では手術が認められません」
検査の翌日にその結果と手術段取りの説明を受けるために妻と同行で病院に伺ったのだが、医師からの言葉を聞いて呆気に取られた。(妻は嬉しくて心の中で万歳を唱えていたらしいが)

前立腺写真.jpg

こんな事ってあるんですねぇ。
運がイイというのか何というか…今週末には全身麻酔で手術入院と覚悟を決めていたのですっかり拍子抜けしてしまいました。
「癌細胞って場合によっては消えてしまう事もあるんだ」世の中というものはとにかく自分で経験してみなければ分からない事ばかりです。特に大事な事は他人の話を鵜呑みにしない事ですね。

中央放射線MRI.jpg

考えてみると私はどうやら運の良い人間のようで、これまでも幾度となく奇跡的な幸運に救われたという経験があります。
例えば、鉄柱にあと1mもずれていたら即死だったような自動車事故や、喉が乾いてろれつが回らなくなり急いで病院に駆け込んだら血糖値が530でヘモグロビンA1Cが14.5というとんでもない数値で昏睡状態に陥る一歩手前などなど…。
今回も癌の宣告を受けてから手術が嫌で何だかんだとズルズル引き延ばしていた事が、私の場合は自然消滅につながったという訳で迅速な行動が必ずしも良い結果を導くとは限らない“世の名言 必ずしも的を得ず”という事ですね。

とりあえずこれで前立腺ガンとの闘いは一段落した訳で、改めて根本体質となっている高血糖の糖尿病に向き合うことにします。実はこちらの方が厄介なんですけどね。

 


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久しぶりに体にメスを入れる事になりそうです [日々の背中2:糖尿前立腺ガン編]

先日、三か月に一回の前立腺検診に行ってきました。前立腺ガンは緊急を要するものではないけれど、転移や増殖を防ぐために結論としては早めの切削手術をすることが望ましいという事でした。

とりあえずガンの進行を抑えて肥大した前立腺を収縮するためのホルモン注射をしてもらって来ましたが、これがまた高額な注射で定期的に続けるには出費がかさみます。
どちらにしても経済的に大きな負担を掛けるのなら早めに手術を受けた方が良いと判断して、その方向でゆくことにしました。

前立腺ガンの治療には三つの方法があって、①放射線療法 ②前立腺全摘除手術 ③ロボットによる腹腔鏡下手術 のいずれかを選ぶことになるのですが、費用は一番かかるがリスクの最も低そうなロボット手術と呼ばれる腹腔鏡下手術にするつもりでいます。 
あと三カ月間ホルモン注射で調整をしながら秋頃には手術の具体的な打ち合わせに入る予定です。

前立腺癌手術.jpg

 ▲「ブルークローバー・キャンペーン」パンフレットより抜粋

 前立腺ガンの対応に気が向けられて、糖尿対策からはすっかり関心が離れていましたが糖尿の方も依然健在(?)です(苦笑)

糖尿病という病気は一度なってしまったら完治するということはないので意識していないととんでもない事になるのですが、のど元過ぎるとつい忘れてしまうのですね。特に今回の私のように他に取り組むべき別の症状があると、それに囚われて目が離れてしまいます。

実は数か月前にかなり血糖値が上がっていたらしく、舌先が時々しびれたり足の指先は慢性的に痺れていたりという状態でした。自覚症状があった時は、食事のとり方とか暮らし方を迅速に対応しているのですが今のところそういった方法で何とかやってこれています。

小康状態に落ち着いたのでヘモグロビンA1c を測ってもらったら 8.5 でした。一年半ほど前は 11.0 もあってゾッとしたのに比べると努力の成果がみられるので、医師の先生も「目標を 6.8 にして頑張って下さい」と励ましてくれました。
治療というものは、少しでも改善されるメソッドを利用して良い方向を実感するようになれば、善循環し始める事例がよく見られます。能力開発セミナーやビジネスセミナーともよく似ていますね。肉体と精神はまさに切り離せません。
また私の“合気道うんちく”が出てきそうなので、この辺にしておきます ^^)ゞ

(※)こんな個人的な病状のレポートなんて何のためにブログにアップするのか?と思われるかも知れませんが…
以前に糖尿病の闘病を記事にした際に、若干名の方からお気遣いのコメントをいただきましたので、今回はその後の経過をお知らせするという意味合いで記事にしました。

 


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病と向き合う「気合い」の大切さ [日々の背中2:糖尿前立腺ガン編]

パールロード眺望.jpg

相変わらず糖尿と前立腺に悩まされているが、これも生きている証拠で困難を課題と捉えれば、課題を与えられるという事は人生の価値の探究なのである。
…なんて呑気なことを言ってますが。

私は常々機会があれば語っているのですが、私自身の信念や精神的支えとして役立ってきたものに「海外での放浪生活と合気道の修行」が挙げられます。
これは持病と対峙して生活する上に於いても同様に、合気道で習得した“「気」の在り方”という心構えが役に立っていると思っています。

目に見えないものや体感できないものを語ると、非論理的だとか観念論だとか宗教っぽいとか言って胡散臭そうに言う人がいます。確かに混同されやすい側面もあって腰を引かれるのも止む負えませんが世の中の真実は意外と目に見えないところに在ることも事実です。

「気持ちが大事」なんていう言い方は使い古された抽象的で説得力に欠ける言葉なのですが、でも本当なんだから仕方がない。
病気に関しては各人がそれぞれの事情で、それぞれに思いを巡らして対応しているのだから他人がとやかく説教もどきをする事は余計なお節介にも思えますが、私の対処法は私個人の知恵や経験から得たものであって、普遍的なものとは言い難いけれどそれでもブログに書き連ねるのは飽くまでも個人的な記録メモとしての意図があっての事なのです。

城と松.jpg

そこで再度改めて「気」の必要性を説く訳なんですが、私は「魂」の別称という感覚で「気」というものを形容しています。
「魂」は本来エネルギーから成り立っている命の源の一部なのでしょうけれど、その魂の存在を認識・意識するものとして「気」の存在を捉えています。

人の体を肉体と魂の連携(コラボレーション)と考えるならば、病を持つ肉体の治癒と共に必要なのが魂の治癒でもあると思うのです。そしてその魂の治癒には「気を入れる」という要素が効果的と考えます。
私は合気道の修練を通して「気」というものが目には見えないけれど様々な効果を生むことを実感してきました。

合気道の基本は円の流れるような動き、すなわち円運動にあります。そして中心軸に座して円の流れを司ります。(コントロールに近い意味)
言葉を変えれば、“体の中心である「丹田」(へそ下の肝と呼ばれる部位)に気を入れて、身体の外部を流れる濁流に引き込まれずにやり過ごしてゆく”…とでも申しましょうか。
実際の試合においては、これによって自分に襲いかかる反発の流れを自滅させてゆくという訳です。

武道に於ける「気合い」の用い方を本題の「病」に対して応用すれば、“対峙する病から目を背けずに正視して、対象物に流されず引き込まされずやり過ごす事によって、免疫力を高め相対的に対象物の力を無に帰する。”
私は言葉での説明が下手なタイプなので、この辺の内容はイラストを用いた方がより伝え易いかも知れませんね。
合気道と「気」についての解説は別の機会に回すとして、とにかく「気」というものをきちんと理解することは自身の肉体への関わりと、ひいては持病との接し方を把握する事でもあるので、私はそういったスタンスで「糖尿病と前立腺ガンを併せ持つ憂鬱」を克服しようとしている訳です。

 


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生きることのトレーニング [日々の背中2:糖尿前立腺ガン編]

 退院してから初めての検診をしてもらった。摂生をした甲斐あってヘモグロビンA1Cの数値はほぼ目標に近い6.2%だった。入院した時の14.5が如何に異常であったかがわかる。
 数値がそこまでいくと身体がどの様な状態になるのか痛いほどよくわかったが、糖尿病の困ったところは「痛み」や「苦しみ」がほとんど感じられないまま、ほぼ最終状態まで進行してしまうところにある。気付いた時には遅すぎたというケースが実に多い病気のひとつだ。

 一度糖尿病になってしまうと完治する事はまず無いと言われている。その事が糖尿病と診断された人が落胆してしまう最たる理由のようだ。常に恐ろしい合併症と向かい合わねばならないと考えると、まるで牢屋に入れられた終身刑の身であるかのように感じてしまうのだろう。
 しかし見方を変えれば、これは実に「生きるチャンス」なのだ。右の高血糖に片寄っても左の低血糖に片寄っても危険な方向に向かってゆく、常にバランスを取りながらの生活は…まさに生きてゆくための実地トレーニングをしているようなもので、ボサ~っと生きて知らない間に死に直面してしまうよりは、ずっと価値ある生き方が出来るように思える。

<平成22年6月・記>    

☆☆☆☆☆☆☆

4階東病棟.jpg
▲ 病棟のバルコニーから見る景色は空気が澄んで美しい

__________________________

☆ 

血糖値の異常な上がりように2度目の入院・集中治療を強いられた時には、背負ってしまった症状の重さと逃れられない覚悟を本当に自覚させられた。
それから6年近くが過ぎた現在、糖尿病はどの様な状態で治まっているのかと言うと、相変わらず一進一退を続けている。
指先が痺れた様な感覚が1年ほど前から始まった。時折りそんな感じはあっても常にというわけでは無かったのが慢性的になってきたので、さらに進行したのかな…などと思ったりする。

糖尿に関しては「とにかく合併症を引き起こさない様に注意する事」としている。全快しようなんて思わない何事も完璧をめざさないような生き方を悟らされた。
勿論さじを投げているというのとは意味が違うが、逃げない姿勢という感じで背負うしかない。
例えば味気ない食事療法を実践しようというのなら、その食事が大好物になるように意識を変える、それが私流の対処法だ。

…とか何とか言っている内に、今度はなんと前立腺ガンの宣告を受けてしまった。
「オレの体は病気のデパートか?」なんて冗談を言えている内は良いのだが、前立腺肥大で苦しんでいる上に経済的にも高額なホルモン注射を続ける生活が始まると思うと…

まるでキリストが十字架の上で神に問うた心境だ。「主よ、貴方はまだ私に試練を与えようとされるのか?!」
善循環・悪循環という言葉があるが、悪い時には悪い事がかさなるものだ。
まあ、艱難汝を玉にするという言葉もあるので、これはこれで何かの役には立つのだろうと気持ちを切り替えるしかないのである。

そういった訳で、様々な課題を与えられるのは「生き抜くことのトレーニング」なのだと思う事にした。ひとつクリアすれば、ひとつアイテムをゲットして確実に強くなる…そんなものなのだ。

病棟窓辺.jpg 

 


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糖尿病との付き合い [日々の背中2:糖尿前立腺ガン編]

 半月間程の治療入院から退院をして自宅に戻ってきた。2年前に続き2度目の入院だった。今回は診察にかかった時点で、血糖値が580、ヘモグロビンA1Cは14,5という前回以上に危機的状況だったようだ。
 ここに至るまでには“のどが渇き、視力が著しく衰える”“唾液が出ずに満足な食事が出来ない”“体重
10キロ落ちて顔面が痩せこける”などなど自覚症状はあったのだが、我慢してやり過ごすだけで対処をしてこなかった事が結局、悪化の一途を辿った訳だ。…わかっちゃいるけど、ねぇ。

 

 糖尿という病気は完治するという事はないらしい。代謝のバランス・コントロールによって一見治まったように見えているだけで、自己管理を放置すればいつでも安定ラインを突破して、二度とは戻れぬ恐怖の「合併症」という世界に突入してしまう。ここに入り込んでしまうと、それはもう笑っていられない生き地獄を味わう事になる。私ももう少し遅ければ“昏睡状態”や“失明の危機”だったようだ。
 点滴を両腕に射つなどして緊急処置でとりあえず難をのがれたが、今回の入院は私にとって最後通牒を突きつけられたようなものだった。

<平成22年4月・記>    

sickroom.jpg
<病室はお隣がカーテンで仕切られているだけの6人部屋でした>

 

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※平成22年・春、血糖値が異常に上がった私は糖尿病患者として2度目の入院を強いられた。
事の始まりは、3年ほど前の頚椎手術にさかのぼる。

 

頚椎後縦靱帯骨化症という難病指定の手術を受けた後、自宅でゆっくり療養している間に私の血糖値は上がっていったようだ。 
頚椎手術の為に削ぎ落とした首の筋肉を取り戻そうと肉食を積極的に取っていたのは間違いだったようだ。もともとメタボの傾向があった上に、運動もせずに寝ては食っての日々だったので血糖値は日増しに上がっていったのだろう。

 

それまで40代の頃の生活は、連日朝まで飲み明かしたり暴飲暴食の毎日だったが比較的タフだったのか全く体に支障はなく糖尿病などは考えたこともなかった。

 

 

糖尿病と診断されてから8年ほどが過ぎようとしている。
初めはピンとこなかったが、時間が経つにつれて「厄介なものになったなぁ」という気がしてきた。
何が厄介なのかと言えば、いつも自分が糖尿を抱えているという事を意識していなければならないからだ。
無頓着に横着に生活するわけにはいかない。普段は自覚症状の少ない病気だから、食事制限もついつい忘れてしまう。(カロリー計算をきちんとして血糖値の適正数値を心配している人も多くいるが、私は自分の感覚で独自の考えで調整しているので、他人にお勧めは出来ませんが…)
本当はそんな事にとらわれず気にせず生活していたいのだが、そんな態度は症状を悪化させる原因なので厳禁なのだ。

 

そうこうしている内に今度は「前立腺ガン」が発見された。
これまでの経験から、「病気を克服するには、その病を見据える・受け入れる・付き合う」というのが私の考え方でもあるので、糖尿病、前立腺癌の生活を綴ってゆくことは認識を新たにする克服の一環と捉えて綴り始める事にした。

 

 


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