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[覚書]我思う故に我在り/2014 [【アーカイブ】]

◆最初はただ何となく作品づくりのモチベーションを高めるための思考メモとして始めたこのブログも年を重ねるとちょっとした回顧録にもなり…そして書き綴っている内に新しく取り組むテーマを発見するワークブックになったりもする。
◆これまでの思いつきメモの2014年一年間の中からいくつかの雑記をピックアップしてみた。自分自身の“今”を、思考の流れを辿って俯瞰してみるのも何かの発見になるような気がする。



雪の無人駅01.jpg

 

早朝に目覚めたら 雪が降っていた

 

何層もの澄んだ空気の向こう側に

 

じっと列車を待つ 無人駅が浮かんでいた

 

しんしんと雪を肩に受けながら

 

ことこと列車の足音を ひたすら待っていた


………

 

雪の中に 時間が埋まってゆく。 

<2014年2月・記>


冬の停車場.jpg


[私の昭和/「冬の停車場」] 


 


優しさは強さです。


好きなものと生きているときに、人は優しくなれます。


だから貴方の好きなものは、貴方を強くしてくれる大切な命です。



好きなものを好きと言えること


好きなものの傍で一緒に生きること


そんな勇気を持つことが人を優しくしてくれる。 



「好き」って感じは大切です。


そんな感じ…持ってますか? そんな感じで生きてますか?


 


私は淋しい気持ちも 好きです。 


<2014年・3月>



駅花火スケッチ.jpg


未来に向かって期待を持ち続けることは
毅然とした勇気の要ることである。


斜に構えたり、解かったような事を言ってやり過ごすことは
実に月並みなことで、少しも難しいことではない。 



絶望の淵に立って、それでも明日への期待を捨てない生き様
他人から「大ぼら吹き」と言われるような生き方の中にこそ
未来の可能性が発見されるのかも知れない。


無人駅に立って、
夜空に咲く花火を眺めながらそんなことを思い浮かべていた。


 


駅から花火.jpg


<2014年7月・記>



何も逆らう必要はない


だからこうして描いている。


語り尽くしたつもりでも語り尽くせぬこともある。


だからこうして描いている。 


猫とスケッチ.jpg 


何も惑うことはない


だからこうして描いている。



私のはっきりしている事


それは「マイノリティの視点・ダイバーシティー/多様性価値観の視点」 を
自分のスタンスからずらさないこと。


“表現する意識”を見失わず“与えられた天分”を使い切ること。
つまり自分の運命を“生き切ることだと思っている。


居眠りミカン_b.jpg


…自分の運命を生き切る…ってか。
ん~上手いこと言うなぁと自画自賛(笑) 


☆ 


絵本を作ったり、写真を撮ったり
日常を眺めながら制作をすることは
まさに「日々の背中」を眺めながら生きている実感だ。 


diaries.jpg


日記をつける習慣が始まったのは中学一年生の時。
それから長い空白の期間もあったが、
そんな空白の時代も含めて50年近くの間 日記が綴られていた事になる。


 


私にとって興味深いのは、ところどころに描かれている落書きみたいな挿絵。
今の私自身よりもずっと純粋で真摯な視点を感じるものがある。


<2014年8月・記>



つかの間の人生に充実感を持って、自分なりに価値を感じて生きることが幸せな生き方のように思える。 


人は人以外のものにはなれないし、それを外れて生きることも出来ない。
当たり前の事のように思うけれど、では゛人とは何か?”と聞かれてどう答えるだろう? 


トリ01.JPG


私は最近になって「人とは厄介なものだ」と思うようになった。
鳥や獣や自然の景色などを見ていると余計にそう思う。 


人だけが何かを企てねば生きてゆけないような、そんな存在に思えるからだ。


正直のところ少しばかり人間社会には疲れを感じている。
しかし、だからと言ってこの社会を拒否するつもりはない。
社会から逃避したり生きることを放棄することには少しの納得も得られないからだ。 


トリと花瓶01.JPG


結局また再び泰然のワクから飛び出すことになってしまった。
すべて理解し納得していた筈なのに、悟りの姿でじっとしていられない愚かさを背負っている。


分かっているようでいて少しも捉えてはいない。
結局、生来の無頼の魂がさまよい続けて今生の限りを生きる。
…それでいいのだ。(バカボンのパパの境地ですね) 



すべてが為るように為って、在るように在る。
表面だけで見ればただの現象があるだけの事だ。


だからそこに心の存在が問われる。
それは掴むことも出来なければ、確かめることも難しい。
しかし安易に見えないからこそ、求める人にしか確信が得られないものなのだ。 


トリと花瓶02.JPG


日本の文化で育った者はこの国の文化の物差しで生きることが一番〝ブレる事なく”生きれるだろう。
ブレない生き方を選択するのであれば、それが賢明ということかも知れない。 


しかし人はブレる。ブレて生きる。
だからこそバランスが必要と感じるのだろう。


 


<2014年10月・記>



海の見える坂道.jpg


何かを描き残したくて絵に向かっているわけではない。
今の私には、日々を生きている行為として、呼吸をするように絵を描かせているだけの事なのだ。


落書きのような位置づけでとても作品と呼ぶものではないが、それでもひとつひとつ描き下ろしてゆくたびに、何だか゛越えてゆく感覚”を得ることがある。


何を越えてゆくのか知らないが、余分なものを削ぎ落としてゆくのかも知れない。 


覗く猫.jpg


若いころと比べると、本当に「逸る気持ち」が無くなったと感じる。 


…とは言っても、一生懸命な気持ちになって絵を描いたり表現物を創作したりするときもある。
それは何故だか分からないが、切実な気持ちになって「何かを言い伝えたくなる時」


そんなモチーフがまだ自分の中に残っているのかと思うと、それはそれで愉快だなとも思う。 


路地から04.jpg


そして今は、「まだまだ先はあるんだなぁ」という感覚に浸っている。


 


バイクの上の猫.jpg


<2014年10月・記>



猫と私の出会いは、物ごころが付いた頃の幼児期まで遡る。
考えてみれば、生活体験を共有することで私の人間形成の一端を担ってくれていたと言っても過言ではない。

いま改めて猫たちとの一期一会に感謝しながら、彼らとの語らいの中で人生の風景を眺めてみたい。
そこで「ねこ親書」…こんなタイトルをつけてみた。



cats_correction-01.jpg 


人生とは儚く刹那的に見えていて、そのくせなんと重厚で奥深いものなのだろう…
猫を傍らにおいて共に暮らしていると人間世界を別の視点、別の次元から眺める機会を体験する。


絵を描きながら様々な固定観念と対峙し、時にはそれらを乗り越えようと模索していると、ふと自分個人の観念や次元から解放されて自由な魂を得られることがある。
そんな時、私は猫次元の住人になる事があるのだ。


実は、別に猫でなくても良いのだが…
例えば犬でも鳥でも蛇でも良いし、草花や樹木など生命のあるものなら何だって良いのだ。
彼らは自分たちの命をどう認識していのだろうと思う時がある。


猫たちを眺め、時々目線を共有して過ごしていると様々な事にこだわり、呪縛されている人間というものが“苦痛の動物”に見えてくる。
人の社会とはそれなりに素晴らしいものなのだが、それでも完璧ではないし理想ではない。猫の生きている猫社会も不完全ではあるのだが、それでも苛立つこともなく適当に生きている。


机前ミカン.jpg


人が猫を眺めて論じているように、猫からの視点で人との共有世界を論じてみるのも面白い。 


ところで、夏目漱石はどうして猫の視点から人間社会を描くことを発想したのだろうか?
「吾輩は猫である」を思い出してそんなことを考えてみた。確かに猫には他の家畜やペットには無いクールな観察眼が備わっているかも知れない。
ある意味で、人間をより高い次元から俯瞰して眺められる唯一の生き物が猫だとしたら面白い。


人は達観すると猫の境地にゆくのだろうか?犬神様は聞くが猫神様は聞いたことがない。
犬は祀り立て崇められるが猫を崇めることはない。猫はこの日本(大和)では恐れ畏れられる生き物なのに違いない。
古代エジプトなどでは玉座などに座って誇り高い地位を確保しているのに、この国では化け猫だとか九回生き返るだとか、怨霊の象徴のように扱われている。たぶんこれは恐れから来るものなのだろうけれど、何故そんなに畏れられるのだろうか?…今後の私の研究課題のひとつである。


シロチビ-キューブ.jpg 


これからも猫たちとの交流を深めたい。…が、私の場合は世間一般のペット愛好家とは違っているようで実に個人的思い込みと偏見の強い付き合い方なのである。


それは子どもの頃から還暦に至るまで猫たちとは様々なエピソードを共有してきたからなのだろうと思う。
ほとんど猫と一緒の時間を過ごしてきた幼少の頃。学生時代に遭遇した、恐るべし「猫殺しの辰」との闘いの日々。新婚時代の借家にやって来た野良猫。そして12匹の愛猫たちとの個性的な生活…などなど。
こうやって振り返ってみると、やはり私の人生形成に少なからずの影響を与えていることに改めて気がつく。


cats-correction_02.jpg 


 


<2014年12月・記>


 


 


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[覚書]我思う故に我在り/2013 [【アーカイブ】]

◆最初はただ何となく作品づくりのモチベーションを高めるための思考メモとして始めたこのブログも年を重ねるとちょっとした回顧録にもなり…そして書き綴っている内に新しく取り組むテーマを発見するワークブックになったりもする。
◆これまでの思いつきメモの2013年一年間の中からいくつかの雑記をピックアップしてみた。自分自身の“今”を、思考の流れを辿って俯瞰してみるのも何かの発見になるような気がする。



「侍の心」とは何だろう?「武士の魂」とは何だろう?…
城下を歩いていて、ふとそんなことを考えさせられてしまった。


松阪城付近01.jpg


松阪城石垣.jpg


松阪城付近02.jpg


城外に出るとすぐ近くに警備を受け持つ武士たちの暮らした「御城番屋敷」が立ち並んでいる。
いざという時の待機をしながら、ここを棲家にして暮らしていたわけだ。


正面に城石垣.jpg
 ▲前方にお城の石垣が見える。落ち着いた佇まいは武家の生活を物語っている。


御城番屋敷01.jpg


150年が過ぎた今でも実際に人が暮らしている。
ここに流れている時間はまるで別次元のようだ。ゆったりと、それでいてしっかりと確かめながら息づかいをしているように思える。


御城番屋敷02.jpg


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 ▲縁側にはお正月飾りが飾られている。誰に見せるためでもない内なる信仰の証しだ。


武家の住い01.jpg


奥の間には縁側から障子を隔てて、明治の頃のものだろうかミシンが置かれている。左の押入れの部屋には紋付袴が掛けられている。お役付き武士のごく日常的な生活風景が感じられる。


武家の住い02.jpg


武家の住い03.jpg


☆ 


私は思う。侍と言っても人の子、刀を持っているからと言って決して武勇を求めて生きているだけでもなかっただろう。極ごく人並みの家庭的な暮らしを築いていたことだろう。
武士の日常的暮らしからは、家族や家庭に対して清廉潔白な家父長意識が感じられる。我が身を律して生きる事の強さと優しさを日々実践する気持ちが侍の信条だったのではないだろうか。


主君に仕えながらも決して己の家族や家庭をないがしろにはしていなかったように思える。“己を虚しゅうしてして滅私奉公する”といったような思考が一般的だったとはとても考えられない。
人としての強く優しい生き方を手本として実践する、そんな誇らしい自意識で生きていたのではないだろうか?だからこそ家族・子孫を思いやる心が今日まで受け継がれてきた家の伝統として生き続けているのであろう。


<2013年1月・記>



灯を護る01.jpg


一晩中 火を灯し続ける人がいる。


闇の時間に灯火を捧げ 日の出と共に使命を終える。


その魂はきっと 我が身がどの様な道を辿るのかを知っているのだろう。


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今にも年を越さんとする神社の境内で見た光景は、粛々と行なわれる「伝承」の姿だった。


人々はけじめをつけて、禊を経て物事を一新しようと考える。時には歴史を改ざんしようとさえ企てる。
しかし森羅万象すべてアナログの繋がりの中に存在していて、デジタルな発想は虚構のストーリーである。


私たちは永遠の伝承の中に生きているのだ。…『永遠の伝承』


<2013年1月・記>



出家でもしていない限り 多くの人たちはこの社会に暮らしていることになっている。


この社会のこの価値観と物差しの中で 喜んだり悲しんだりしながら暮らしている。


目を逸らすことは出来るけれど しがらみを絶つことは難しい。


この社会にどんな価値を見出して 私たちはどう定義づけして生きてゆくのか?


それが人生を形成し 物語る基盤になるのだと思う。



プラント開発の任務を受けてアルジェリアにまで出掛けていた人たちが、テロリストの凶弾に命を落とすという不条理が起こった。


殺された者の家族や関係者には怒りと失望と悲しみのみが残るのだろう。やり場の無い怒りは誰に対して何処に対して向けられるものなのか…。


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誰が悪、誰が正義というものでもない。裁くことも出来ず一切を清めることも出来ない。 


社会というものはそういった人間の無力さをさらけ出す世界でもある。


もっとお伽噺の様な夢物語を体験したいところなのだが、それは人々の精神世界にかろうじて存在しているのであって、人間の作る社会というものはまったく不完全で愚かしさに満ちたもののようである。


怒りや憤りを生み出しはするが、決してそれを現実に解消する答えはない。そんなまるで暗黒の海洋を彷徨っているかのような社会に、人が生き続けていられる根源は何なのだろうか?



己の身の丈を慈しみ愛すれば良いと思う。


社会などという途方も無い広がりを理解しようとしたり把握しようと考える必要はない。


高さよりも広さよりも…深さを求めることも必要で、社会の表層に流されず深い中心に身を沈めることも必要なのだ。


 


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<2013年2月・記>



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一寸先の目的に向かって生きているのが私たちの現状だ。でもある程度の歳を経て自分の身辺以外にも目をやった時に、一体どんな未来を描き、どんな未来に目を向けているのかと考えてしまう。



何かを遺そうとして遺す必要はない。何かを築こうとして築く必要はない。何を期待する事もなく何から期待される事もなく。ただただ生命を一生懸命燃やし続ける


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私はこれまで、良き未来をかたち作ることが重要だと考えてきた。しかし改めてそういった考えに固執することは間違いだと気づいた。
世の中というものは決してひとつの形で結論づけられて安定的にとどまっているものではない。今の社会に不条理を見出して、それを改善してゆくことで未来をより良いものにしてゆこうと実行してゆく…
それは本来の健康的な思考と生き方だとは思うけれど、しかし、社会というものは永遠に完成しないものであるし、恒久の平和や幸せなどはやって来ないものである。
例えば多くの革命運動がそうであるように、改革も改善もその時点では有意義なものであるけれど人間の作り上げたものなどは時間が経ってしまえば無用の長物に色褪せ朽ち果ててしまうものなのだ。


☆ 


必要なことは「どのような環境にでも対処して生き延びる知恵」を伝授すること。今をどうやって生きてゆくかを体得して、実践によって伝えること。


 


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<2013年2月・記>



『悪』…
それは人間が存在し続ける限り、決して無くならない概念である。


ときには、まるでそんなものが無いかの如く、見て見ぬ振りをして満ち足りた善意の世界を語ろうとするけれど、現実の世界において人間は、もっと強い意志を持って非情の世界を直視し対決する姿勢を培っていかなければならないものだと考える。



もともと中世の日本における『悪』とは、欧米社会の『DEVIL』とは違っていて、日本人は異形で超人的な力を持ったものを畏怖の念も込めて『悪』と呼称していた歴史がある。


だから日本人と日本の文化においては、時には『悪』といったアウトロー的なものを法を超越した存在として肯定しようとする気分があるのかも知れない。欧米社会と比べて、本来の日本文化は法の束縛を嫌う自由な発想から成り立っている事を改めて発見する。


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私は悪というものよりは『偽善』の方が忌まわしく卑怯で軽蔑すべきものだと思っている。「嘘も方便」という考え方には理解を示す部分もあるが、偽善者の嘘偽りはその範疇から外れている。善人を偽った言葉や態度は、悪に対して優越感を持った挑発的な行為とも言えるだろう。


『悪』を徹底的に弾劾し削除しようとするものは、偽善という隠れみのを被った卑屈で強欲な小心者である事が多い。
悪の要素と対峙・直視してその真意を問い見極めること、つまり“悪と同等の位置”に立ってそれを吟味する事が、人間的な捉え方であると考える。



悪のイメージを恐れて忌み嫌って、直視しようとせず背を向けることでタブー視してきたものはたくさんある。例えば「戦争は悪だ。徴兵制度反対」と言って軍事を学ぶ事をしてこなかった国民が、バランスを失った大人になって国際関係の感覚が麻痺してしまう、それも一種の“無菌教育”の結果かも知れない。(確かに、徴兵制度は時の権力を守るための警護団として洗脳される危険性は十分考えられるけれど…)
本当に戦争に反対して戦争を起こさせないようにするためには、『戦争とはどんなもので、どの様にして始まるのか』といった事を学んで実践しなければ、誰もが無力の烏合の衆になってしまうだけであり、これが現実なわけである。


毒は食わなければ免疫力はつかない。偽善で逃げても打ち勝ったことにはならない。『悪』と呼ばれるものは対等に対峙しなければ、その本質が見えてこないものなのだと思う。



世の中はいつの時代でも、未処理のまま放置しておいた重要課題が元となって混迷を生み出す。
現代の私たちの切迫した苦難の正体とは一体どこから来たものなのだろう?私たちが見て見ぬ振りをしてきた数々の事柄の中にその解決策は見つかるのではないだろうか。


<2013年4月・記>



訳あってか人びとは『死』というものを忌まわしいものとして理解し、忌避意識を植え付けながら忌み嫌ってきたように思える。


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『死』を直視せず、考えることも顧みることもなく過ごすという事は「知らないままに生きて、知らないままに去る」に等しい事だと思う。
この世に生まれてきたことに対して自分は少しの関わりもないと考えるが、人生を生きて死に至る際には自身の関わりを無視する訳にはいかないと思っている。生まれ方は意図できないが、死に方は意図できる。


『生』のさらに向こう側にある『死』の概念をもう一度改めて問い直し、直視することによって自分なりの概念を築くことは日々生きている命を己の手に取り戻すことであり、改めて生き直す意味のように思える。



どうすることも出来ない宿命というものを、私たちは多くの部分に背負わされてこの世に生まれ出でた。
思うがままにならない与えられた生命は、遂には最終的に召されてしまう定めにあるのだが、それでも私たちはこのつかの間の掛け替えのない“ひととき”を精一杯の歓びで満たそうとしている。


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生きている命の時間とは、人間の一生とはいったい何なのだろうか?そんなことを考えてしまうのは人間であることの証明であって、考えずに生きる事も出来ない訳ではないが、それでは“人間を放棄したこと”になる。
痛みや苦しみを伴う場合もあるけれど、人は“生きている命の実感”を感じ取り、そして分かち合うということが与えられた能力のひとつなのだ。


ホワイトホールから生まれてブラックホールに去ってゆくような、まるで人生劇場の舞台(ステージ)こそが人の一生とも言えるかも知れないが、たとえ脇役であっても与えられた役柄(役割)をしっかりと務め上げることが全体の調和と完成に近づく。


主役であろうが脇役であろうが、調和を構成する貴重な一片(ワンピース)であることに代わりは無いということを理解しなければ、人生とは空虚な幻想でしかないだろう。



死をもって人生は一応終わることになるが、だからこそ“人生の意味”と“その向こうに在るもの”を理解しようとすることが、人間が人間であることの証しなのだと考える。


月が照る.jpg



私の縁故に死と直面して今この時を生きている人がいる。医師から余命を宣告されて毎日を生きている。


たくさんの苦労も背負いながら生きてきて、人生の終盤に入ってこれからという時期なのにそんな結末を迎えようとしているのだが、それでも彼女がこの世に生まれて、生きて、過ごしたことの奇跡と深い意義を感じて旅立つことを、私は心から祈っている。


一刻一刻が終わりに向かっての命の刻みなのだ。少しずつ確実に終わってゆく日々がこれほど敬虔に去りゆくことを、私はこれまで本当に知っていただろうか?


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私は決して「死」に対して最終的な結論を得た訳ではない。今は確信を持って語れたとしても、「死」の概念や意味合いは私の命の経過と共に変わってゆくものだろう。


しかし私はこのように思っている。「死」から目を背けず、そこに埋もれた密かな奥義を求め続ける事は、歳を経た者に与えられた最後の仕事なのかも知れない、と。


<2013年5月・記>


 



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日本の一般人は優秀です。頭がいいです。色んな情報や知識をよく持っています。買い物に行ってもおつりの計算が暗算で出来て、シロウトでもサイドビジネスで株式や投機に参加したりも出来ます。外国の大統領や首相の名前を知っていたり、他国の歴史なども知っていたりします。世界の多くの国では、一般庶民がこれほど物事を知っている事は少ないです。我が日本の人たちはなんて頭が良くて勉学に熱心なんでしょう。


これが日本の庶民が後押しして、教育者と教育内容がつくり出した“成果”です。



片や教育授受の格差もどんどん広がる一方です。教育授受の格差とは情報知識量の格差でもあり、情報収集力に大きく差がつくという事はその先の可能性の選択肢にも差がつく結果になって、うだつの上がらない者はどこまで行っても現実的な展開が見えてこないというのが実際の社会になっています。


この様なブログを見たり書き込んだりする機会さえ与えられない、そんな状況に生きている人たちこそが自己の存在アピールを切実に必要としている者なのだという事を、どれだけの人たちが感じ取って知っていることでしょう。


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教育の貧困は、大人たちのつくっている社会の貧困から生まれます。貧困とは“お金が無いこと”だけを意味するものではありません。貧困とは富を生むことすら出来ない社会環境のことなんです。


<2013年5月・記>



時として懐かしい風景に出会うと心洗われるものだ。


何に懐かしさを覚えるのかと考えてみれば、それは“空の広さ”であることに気づいた。


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空の広いことは良い。


遥か向こうにある別世界を想像させてくれる。


そして何よりも体の中から成長の息吹があふれ出す。


これが童心の源であるような気がする。


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街の佇まいが時間の逆流という錯覚を起こさせることがある。


そんな思索遊びの散歩が面白い。


▼ 珍しい鉄造りの蔵/三重県松阪市日野町
本居通りA.jpg


板塀のある風景が心を和ませる。


垣根の曲がり角で落ち葉の焚き火に暖を取っていた風景を


いまではもう見る事が出来ない。


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<2013年7月・記>



一歳3ヶ月になる孫娘が大人たちの会話に混ざって多弁に言葉を発していた。


まだ言葉として成り立っておらず意味不明な単語の羅列なのだが、それでもひと通り文節らしい体を成してはいる。


とにかく、何らかの形で大人たちの会話の輪に加わりたいようなのだ。そのために最近ようやく覚えた“話す技術”を駆使しているらしい。


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声に言葉をのせて、言葉に意味をもたせて、自己を主張することを発見したのは人間ならではの為せる業だ。


生まれたばかりの人間にとっては、声を発する目的は人々の輪の中に加わるためのものに違いない。何故なら人間はひとりでは生きてゆけないものであることを知っているからだ。


人は連帯の中でしか生きる事が出来ない。



それは猫にとっても同じだった。


猫たちは身勝手な集団のようだけれど、連帯の中でしか生きられない事をよく知っている。


だから時々、人間の前では“借りてきた猫”のような態度をとる。


そして“猫なで声”で鳴き声を発するのだが、媚びた真似をしているだけで、そこには何の意味も無い。


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そもそも鳴き声で発した言葉なんて感情があるだけで、何の意味も無いものなのだ。


…私たち人間にしたって、同じ事なのだと思う。


 


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<2013年8月・記>



人間は根本的には不幸になるように出来ている。


すべてを受け入れがたく生きる存在だから、どうしても不幸を感じざるを得ない。



幸せという概念を幻想の中に創造してしまったからこそ、不幸と背中合わせに生きることになる。


不幸は決して誰の意志でもなく、誰の責任でもない。


それは根本的に組み込まれた、人間の生きる世界の概念なのだ。


扉の向こうでいいんだよ.jpg


人間は根本的には幸せになるように出来ている。


いずれすべてを手放して去りゆく存在だから、解き放たれた幸せを感じることになる。



不幸なこの世に生まれ出でてきたからこそ、幸せの存在を知ることになる。


幸せは決して誰の意志でもなく、誰の仕業でもない。


それは根本的に組み込まれた、人間の生きる世界の概念なのだ。


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そして、人が亡くなった。


まだ人生の半ばでガンを患い、そして闘って亡くなった。


…それは虚しいことだろうか?悲しいことだろうか?


たとえつかの間のひと時であったとしても、


生まれて来れたということに…自分自身に出会えたという事に…


 


宿命を感じないだろうか。


<2013年9月・記>



目の前に山があるようだから


もうひと山 越えてゆこう。


ここでお仕舞いにしたって構わないんだけれど


折角だから 歩んでゆこう。


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何が正しくて 何が真実で


何を求めて 何を現わしたいのか…


そんな事は分かっているんだけれど


終着点は 私が決めるものではないみたいだ。


…だから まだまだ歩いてゆこう。


<平成25年・歳の瀬に向かって>


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来年は なんだか少し 面白いことが始まりそうだ…


<2013年12月・記>




 


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[覚書]我思う故に我在り/2012 [【アーカイブ】]

◆初めは、ただ何となく作品づくりのモチベーションを高めるための思考メモとして始めたこのブログも年を重ねるとちょっとした回顧録にもなり…そして書き綴っている内に新しく取り組むテーマを発見するワークブックになったりもする。
◆これまでの思いつきメモの2012年一年間の中からいくつかの雑記をピックアップしてみた。自分自身の“今”を、思考の流れを辿って俯瞰してみるのも何かの発見になるような気がする。



私の人生の原風景を描き求めてみたい気持ちがあって、時空を超えた『内面世界』を訪れてみると、忘れ去っていたような“懐かしい愛情”に出逢う。


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☆ 
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道端に座り込んで握り飯を食べる。裸電球の露店で物色する。落書きの化粧をされた野良犬は子ども達とじゃれている。舗装されていない穴ぼこだらけの道には土埃が立っている。


<2012年1月>



去る3月1日午後9時34分に91歳の母が亡くなった。


私にとっては当然かけがえのない親であるが、すでに18年前に亡くなっている父とは、対照的なタイプの母であった。
父の場合と違って、母との別れには少しばかり悔やまれる部分もあったが、過ぎ去ってみれば悔やみ自体が母に甘え続けていた証しでもあるように思う。

私をこの世に生んだ母が、他界したという事実に改めて厳粛な気持ちになる。彼女が居たからこそ私がここに存在している訳なのだ…。
様々な葛藤も繰り返してきたが…魂の次元では互いに思い合っていたと確信している。
生前は癒しを与え合うことがあまり出来ない関係だったが、それでも、穏やかで安らかな臨終の表情は、私の遺憾の念を軽くしてくれた気がする。


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偶然、亡くなる前に描き始めていた「母と台所」のスケッチだった。私の原風景のひとつとして、幼児期の台所を記憶を辿りながら描こうとしていたのだが…
私が母をどのように考え、私にとって母とはどのような存在だったのか…ついに伝えることも理解してもらうことも出来ないまま別れる事になってしまった。


「さようなら。今度は魂の次元で語り合いましょう…。」


<2012年3月>



[元凶のシステム][システムへの反撥]例えば軍隊や政治団体、会社組織などの中で行われている不条理は、人間社会に普遍的なものではなく各国それぞれの世情などによって様々に違いがある。主義・思想や宗教・世界観などを一体化して築いた、それぞれのシステム構造によって形成されているもの…それが“尺度の連帯”“呪縛の構造”であると考える。『邪悪は大きな顔をして一人歩きするものだ』…だからそれが生息できる環境(=社会システム)を打ち破っていかなくてはならない。自分たちが造らされてしまった、一部の人たちのための権力システムとその構造を塗り替えるためには、タブーを乗り越えて既成概念を検証しなければならない。


私たちは認可した事もない契約の中で生きている訳である。それがさも当然の正義であるかのように叩き込まれたままで…。


 


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[“歴史はひとつではない”という感覚が必要]

マイノリティの問題にも関わる事であるが、私たちは歴史を色々な角度から読み解くというスタンスとその理解が必要である。反対側からの見方というものが存在するという事を実感として捉えねばならない。マイノリティ、弱者の立場を認め、排除的な指向に反撥するのなら、敗者の歴史・絶滅者の歴史の観点を取り入れる事は必然と言えるだろう。


 


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[描くという表現/表現という生き様]山本作兵衛の画業を見て、気づかされた事があった。炭鉱で働き、炭鉱を見て、炭鉱に生きてきた彼にとって、創作活動のベースになるものは“自分と炭鉱”の日常生活であった事はごく自然な成り行きだろう。この“ごく自然な成り行き”というものが、とても重要な事なのだ。描きたいものを描きたいように、表したいものを表わしたいように…自分の人生を表わせば良いのだ。スタイルや形は後から生まれてくるものだから、そんなことに囚われず、統一性を欠いた人生をそのまま表現すれば良い。辿ってきた道のりを振り返って、日々の日記をしたためるように、もう一度生き直してみることも面白いものだ。

 


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<2012年4月>



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愛されなければ愛を知ることは出来ない。


愛する事こそが愛を伝える唯一の方法なのだ。


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[あたらしい発想の経済~脱資本主義と脱原発]
資本主義と原子力発電…どちらも20世紀の常識であり、それをくつがえす社会などというものは考えられなかった。
しかし21世紀になって、人々は延長線上ではない発想が求められ、そういった動きが生まれ始めてきた。延長線でない発想とは“科学的で挑戦的な発想”のことである。


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[失われた私たちへ] 


手足が無くても、耳や目が使えなくても
自分を見捨ててはいけない。
それは貴方の背負ったハンディであり、貴方の責任ではない。
それは周りの人たちの責務であり、貴方はベストを尽くすのみでしかない。


しかし、手足が無くても耳や目が使えなくても
貴方には出来る事がある。


それは、愛するという事。
愛を知らない人に愛を気づかせる事。
そしてそれが、貴方の責務かも知れない。


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貴方が自分を見捨てずに
誇りを持って愛し続ける事こそが
貴方の生命の輝きなのだ。


<2012年5月> 



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旅(じんせい)の目的はやがてわかる。
“粗い写生(クロッキー)が下絵(エスキス)になり、
やがて完成した絵(タブロー)になるように”
               【ヴィンセント.V.ゴッホ】


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一度描いた絵を再度描き直すなんて、モチベーションも上がらなくて若い頃には絶対出来ないマネだった。私は芸術というよりも冒険家であった。未踏の地に足を踏み入れることが大好きな、好奇心旺盛のクリエイター志向だった。



そんな私がある時から、過去のスケッチを引っ張り出して新しい視点から描き直しをするという『タイム・スリップ』を始める気持ちになったのは何故だろう…。


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それは時間の流れというものが二度と同じところには戻って来ない、らせん状の空間を流れるものであるように感じられたからだろう。


命は同じところには戻って来れない。過去をさらに洗練させる事が「生き続ける=創造する」ということかも知れない。



実は、遥か過去の時代に“すでに答えは得ていた”
童心の中で、青年の夢の中で、真に憧れていたものを知っていた筈だったが、いつの間にか逃げながら生きる習慣が身についていた。


上辺をどんなに取りつくろっていても、汚れてしまった精神に気づかなければ変わることは無いものだ。


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何度も引っ張り出して過去のモチーフに手を加える。かつての自分が本当に何を求めていたのか、すっかり誤魔化して道から外れてしまってはいないのか…


そういった繰り返しをしなければ、人間ってヤツは間違ってしまうものなんだよ。


<2012年6月>



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[シュールレアリズム]


シュールレアリズム…、超現実。3Dのバーチャル映像が次々に発表されるようになって、もはや幻想世界というものが決して非日常を感じさせなくなってきた。そんな世界の現状において…超現実・シュールレアリズムとは一体なんだろうか? 桃太郎、かちかち山、花咲か爺さん、一寸法師、ぶんぶく茶釜…お伽話の世界も良いかも知れない。しかし、もっとシュールな世界がありそうだ。…それは…。


 


父母や祖父母との和解の世界。父母・祖父母の世界との融合。いつか見た世界、見たはずのない世界なのに何故か懐かしい記憶が展開する。空間の扉は何処からかぶら下がったように開き、夜明けの空間から天馬が音符のように湧き出す。


怪しい灯りがカーテンの向こうからハイウェイを流れ出て、サイケディリックなサーカスが踊り出す。互いを理解し合うということは、七色のワンダーランドを万華鏡を通して眺めたような牧歌的風景なのかも知れない。



 


 


 


 


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[内在する隷属の構造]


私たちは生まれた時から基本的に『受け身』の精神を身につけて生きてきている。誰かの保護の下に入って、何者かに従属することで命の糧を得て成長してきた。そのために、自分の属する社会集団から認められる事が生きることの証しであると考えて、同調を余儀なくされてきたとも言える。


私たちは社会から提供されるものを受け入れる事が、私たちを受け入れてもらうための方法だと考えて『素直と従順』という教育の元に育まれてきた。 社会のきまりを守り、指示を守って従順に生きることを『正直な生き方』という。


セオリーを守れば逸脱することもなく、従順であれば分け前を取り上げられることはない。そういった不文律のようなもので私たちはいつの間にか奴隷状態に陥ってしまっている。 私たちは「独立と自由」を渇望しているように見えるが、実は隷属的な精神構造がそれらを遠ざけ、邪魔をして、時には拒否さえもしている。 


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▲ビゲラントの彫刻が物語るフログネル公園/ノルウェー:オスロの絵葉書より


<2012年7月>



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「闘う気持ち」はとても大切だと思う。
“闘う”と表現すると一部の人たちは“穏やかでない”と反応するけれど、その誤解が何かにつけて論議を間違った方向に進めてしまう原因になっている。


“闘う”とは姑息な妥協をせずに、奴隷の心を捨てて、尊厳を守ることである。


何故、私たちは誤った情報に依存して扇動されたり自分の首を絞めたりするのだろうか?
それは外面に弱いからだ。権威に弱く、名目に弱く、ブランドに弱く、そして綺麗ごとに弱い。


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今を生きる。それが私たちに出来る最善の努力だ。
そして、何かと闘い続けなければ 今を忠実に生きることは難しい。


自身の誠に背を向けて、解かった様な台詞を言いながら生きるのも要領かも知れないが
そんな立ち振る舞いで終わる一生ならば、私には何の輝きも見出せない。


簡単に「優しさ」なんて口にするけれど、優しさを維持するには闘い続ける精神力が必要だ。
手強い相手に飼い慣らされず、闘い続ける毅然とした態度が必要だ。


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私たちの体の中には毒素が生きている。それは体を維持するために必要な免疫力だ。
そしてその免疫力で闘いながら、私たちは今を生きている。


私たちは何者かに「生かせてもらっている」という発想で生きるか?
「生きる」という自意識を強く持って生きるか?
どちらでも良いことなのだけれど、それが自身の人生観を大きく変えることになる。


<2012年10月>



世界とは多面的で包括的ななものである。
私たちはその中で一個人として生きているに過ぎない。
私たちはそれぞれがそれぞれの願望に従って生きているだけで、
決して全てを知る事はできないし把握する事も出来ない。
全てに関わる事も出来ないし認識しあう事も出来ない。
…それが本来の現実的事実なのだが…


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…まるで私たちの全てに関わるかのような幻想を掲げて
ひとりひとりの死活問題であるかのような緊迫感で
私たちを組織化して戦場に駆り立てようとする。


私たちは本来、一個人の願望に生きること以上の事は出来ない筈なのに…


 


あなたを愛している。
私にそれ以上のことは出来ない筈なのに…


<2012年11月>



もろびとこぞりて迎えまつれ…
久しく待ちにし 艱難の向こう側に抱かれた安らぎの魂を


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[もろびとこぞりて]



天より降りそそぐ星のきらめきは ひとときの童心を呼び起こさせる。人を救うということは貴方自身が救われるということである。


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[降り注ぐ星]



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本当のことを言うなら、人には誰もがたどり着きたい場所がある。そしてそれに気づいていない人がいる。気づいていない場所に人はたどり着くことは出来ない。


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[光のミサ(礼拝)]


☆ 


何に魅かれて人は足を進めるのか?何を求めて人は手を差し出すのか?何を伝えようと人は口ずさむのか?すべての答えが出揃っているというのに、人は何故問い続けるのだろうか?


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解明への入り口に向かって今日も人は歩み続ける。愛するために疑い続けながら…、許すために恨み続けながら…。


<2012年12月>

 


 


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[覚書]我思う故に我在り/2011 [【アーカイブ】]

◆このブログを再開して四年が過ぎた。初めは、ただ何となく…次に作品づくりのモチベーションを高めるための思考メモとして…そして書き綴っている内に新しく取り組むテーマを発見することもあった。
◆これまでの思いつきメモの2011年一年間の中からいくつかの雑記をピックアップしてみた。自分自身の“今”を、思考の流れを辿って俯瞰してみるのも何かの発見になるような気がする。

☆ 

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作品・表現・生き様…私にとってこれらは、つながり合って一体となったものである。
それぞれを三つの点とするトライアングルの中心に「魂」のようなものが存在する、図解に示せばマアそんな感じかな?
そして…「作品とは表現のことであり、生き様とは作品のことである。そしてつまり、表現とは生き様のことである。」などと、もっともらしく独り言を語る。

そうやって私は納得をするために生きている。人生とは詰まるところ、生まれてきた事を納得するための作業なのかも知れない。

<2011年1月>

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私は常々“見えているものの向こう側にある、眼に見えないものを描きたい”なんて言っています。色んな意味に解釈できるので、もちろん賛否両論あることでしょう。
何故、私はこういった考えを持つようになったのか?ひとつには、もしも私が盲目になったら、どうやって絵を描くだろうか、と考えたからです。
目だけに頼ってものを見ているから、もしも目が駄目になったら、それだけでもう諦めてしまうことになる。絵が描きたいと思ったら、目がなくても、手がなくても描こうとするはずだ…なんて、ちょっと極端ですが、それくらいの想像をしてみた訳なんです。

ふたつめは、自分の目に見えているものがすべてではないと考えたからです。私の見ているものは、私の網膜に映ったものを脳が受け取って映像に編集しただけの…実に個人的な産物でしかない。そう考えたからです。
同じものを見ていても、人それぞれに編集の仕方が違っていて、見え方や理解の仕方も違っているかも知れない。見えている(と思い込んでいる)モノだけに囚われていては、その全体像を見失う。私は私に見えていない部分を見つめることで、その対象をより理解するという事を発見したのでした。

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そして三つめは、五感に頼らず第六感を磨いて、次元を超える事。視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚とは違った第六番目の感覚…それを実感する事で、これまで閉ざされていたものが開けてゆく。解決出来なかったいくつかの問題を解くヒントが見つかるような気がします。だから私が絵を描く理由というのは、解決策の探求とその先にある救済のためかも知れません。

<2011年2月>

 “力”には様々な種類があって、そのイメージを一様には出来ません。とかく人は一面的な共通概念にまとめたがる傾向があるけれど、それは時には危険な側面を持っています。弱いよりは強い方がいいですよね、誰でも。力も、ないよりはあった方が良いと思うのは当然でしょう。肉体的な力とは別に、精神的、それも優しさや柔らかさの度合いというか、そんな“力”というものがあります。ある意味で「精神的な力」とは“肩の力を抜く事“でもあり、肉体的な力と対極にある力の事です。 

 腕力や暴力など肉体的な力に対してコンプレックスを持つと、間違った道を選ぶことになりやすいようです。従属するにせよ克服するにせよ、その者には力に対する概念が暴力としての概念に染められているからです。
 世の中には様々な種類の“力”のある事を表すことは必要で、また人は“様々な力”を発見・開発することも必要でしょう。


 

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☆ 

http://www.youtube.com/watch?v=NiEY4T7yli8
遠藤征四郎 師範の指導/2009 ヘルシンキ

 “合気とは力をガチンコでぶつけるのではなく、相手の意に沿いながら流してやることによって、邪悪な部分は自滅させてあげる事なんです。
 数年間道場に通って、私は多くのことを学び、得ましたが、最も素晴らしかったことは誰しもが生まれつき持っている、そのままの力を発見したことですね。

<2011年3月>

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“絵本との繋がり”を私に啓示してくれた三冊の絵本がある。

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『おおきな木』/シェル・シルヴァスタイン(著)
絵描きの私としては、自分の“思いを表現する方法”としての絵本を発見した記念すべき一冊。
この絵本は父親を亡くす2年ほど前に読んだもので、私の父親への接し方を大きく変えた絵本だった。おかげで私は父親に対して、少しの悔いもなく看取れたと思っている。その意味では、「一冊の絵本が人の人生を救うこともあるものだ」と実感している。

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『100万回生きたねこ』/佐野洋子(著)
この絵本を読んでホロっと泣いたとき、私は自分の人間性が変わったことを感じた。…と同時に、そういった事を発見させてくれる「絵本」というもののすごさに感銘を受けた。そして、私の今後の“表現者としての生き方”にヒントを与えてくれた。数年前なら多分この絵本を読んでも、そこまでの事は感じなかったと思う。これもやはり人生のタイミングというか、「縁」でしょう。

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『アライバル』/ショーン・タン(著)
実はまだ完全に読み切っていないのだが、私にはショックを与えてくれた絵本である。絵本というジャンルに入るのだろうけれど、文字が一切なくてコミックのようなコマ割りで展開してゆく。私もやってみたかった絵本表現だったが、それ以上の内容と技術のものが登場した(…こんな事ってよくあるんですよね)
しかし、この絵本が登場した事で私の“絵本に対する可能性への確信”は更に強まった気がする。21世紀はますますメディアミックスの時代になってゆくが、「絵本」も確実にその一翼を担うことになるだろう。絵本はもちろん子どもにとっても情操教育に必要なものであるが、ビジュアルな哲学書でもありマニフェストでもあり、そしてなによりも人に啓示を与えるものとして存在する。

<2011年4月>

ぼんやりと目覚めて ふとダイニングに目をやると
朝の陽光の中で コーヒーを入れる彼女の姿があった。

何も始まらず何も起こらない一日…
そんな時間がたまらなく愛おしい。
二人でここに生きているだけの実感が
怠惰な極上の贅沢だった。

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たまたま二十代の初め頃に描いたスケッチが見つかって
思わず一人で赤面した。
飾り気のない繊細な若さが まるで無知をさらけ出しているかのようで
気恥ずかしい。

そんな自分を笑える私は…それに比べるほど立派に賢くなったと言うのだろうか?
若さの何が愚かしげで恥ずかしいというのだろうか?
そこにはただ、傲慢な年老いた自分がいるだけではないのだろうか?

<2011年5月>

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私が影響を受けた画家やイラストレーターや芸術家というのは大勢いるけれど、多感な十代から二十代にかけて受けた影響というものは、やはりベーシックな存在として生き続けているものだと思います。
私のデザイン的な面、イラスト的な指向は、二十代に出会ったミルトン・グレイザーの影響が大きいです。多分個人的な嗜好がピッタリと合ったのでしょうね。“師との出会い”というのは、案外そういった“好みの傾向”でマッチングが決まるものです。

27歳の頃に描いた絵本のイラストが見つかったので眺めていて、改めてその頃の発想やモチベーションの自由さ&素直さに、現在の自分のいくつかの部分を反省させられました。
そして、「人ってやつは、全面的に向上してるとは言えないものだなあ…」「何かを得れば、何かを失うことが多いものだ。やれやれ…。」などとため息をついてしまう今日この頃でもありました。
(ま、そんな事は既に承知の事なんだけどね…)

自分のモチベーションを大切に…。自分自身の教祖となって、己の道に導いてあげましょう。決して、エセ教祖となって世界を牛耳ろうなんて企んではいけません。(爆)

<2011年7月>

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【すべての存在はバランスによって保たれている】

体を流れる血液も体を組織する細胞も、赤血球や白血球そして塩分や糖分…一人ひとりが違った体質でバランスを取りながら生きている。
太陽とその周りを回る惑星も、ブラックホールもホワイトホールも…それぞれがバランスを保って存在している。

重心はバランスを取るために常に移動し続ける。
移動して変化し続ける理由は安定を保つためであり、固定された安定は停止であり全ての終わりである。

生き続ける限り、人は変化し続けて…その中にバランスを発見する。

バランスの基とは、…?そう言う人も居るようですが…。
バランスは意識の外にあるものみたいですね。あまり意識しすぎると、ますますハズレてしまうような…
(子どもの頃、自転車の練習でありましたね。溝に落ちてはイケナイ・イケナイと思うとますます溝に向かって行っちゃうみたいな…)

私のバランスは“絵を描くために思考し、絵本によって表現すること”で調整しているみたいです。

<2011年9月>

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[人権~互いに認め合うこと]

震災被災者の避難所生活が進められてゆく中で、初めは雑然・混沌としていた生活が少しずつ形が整えられ、人の生活できる空間となってゆく。
…そんな有り様を現場から帰ってきた知人が報告してくれた。

人が“生きて”生活を営んでゆくという事は、無秩序・不安定の中から“人権”を打ち立て、確認し、互いの生存権を認め合いながら生きてゆくという事なのだろう。

涙を流しているだけでは生きてゆけない。情けで包んでいても生かせるわけではない。
「互いに生きる事」を認め合うことによって初めて、人の生命に力が加わる
これは被災した人たちだけの問題ではなく、今を生きている日本人のすべてが学ぶべき事柄が蓄積されているような…そんな気がする。

<2011年10月>

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[覚書]我思う故に我在り/2010 [【アーカイブ】]

◆このブログを再開して四年が過ぎた。初めは、ただ何となく…次に作品づくりのモチベーションを高めるための思考メモとして…そして書き綴っている内に新しく取り組むテーマを発見することもあった。
◆これまでの思いつきメモの2010年一年間の中からいくつかの雑記をピックアップしてみた。自分自身の“今”を、思考の流れを辿って俯瞰してみるのも何かの発見になるような気がする。

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花は何のために美しく咲くのか…

花の蜜は何のために甘いのか…

花の蜜は種を運ぶ虫たちのために甘く
その姿は人のために美しい。

そして花は何のためでもなく咲き伝える…

<2010年1月>

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【川辺】

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形を留めようとするな。

…出来るかな?

瞬時の美を凍結させるよりも

美しく朽ち果てる様を受け入れよ。

…出来るかな?

即ち、形を成して留めようとするな。

真実の姿とは形の無い姿である。

絶対なる永遠とは流れ続けて留まらない事である。

全ては未完成であり永久に完成の時はやって来ないものなのだ。

だから未完を愛せないものは…永久に愛を知らずに終わる。

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完全などというものは無く、完成などというものも無い。永久なるものは未完成であり、答えのないものこそが絶対なのだと思う。
だから不備というものを、不具というものを侮ってはいけない。
人間は愚かにも完全な答えを求め、全てが揃うことを“優れたもの”と考えるから…何も得られずに空虚な生き物になってしまう。

<2010年2月>

半月間程の治療入院から退院をして自宅に戻ってきた。2年前に続き2度目の入院だった。今回は診察にかかった時点で、血糖値が580、ヘモグロビンA1Cは14,5という前回以上に危機的状況だったようだ。
ここに至るまでには“のどが渇き、視力が著しく衰える”“唾液が出ずに満足な食事が出来ない”“体重が
10キロ落ちて顔面が痩せこける”などなど自覚症状はあったのだが、我慢してやり過ごすだけで対処をしてこなかった事が結局、悪化の一途を辿った訳だ。…わかっちゃいるけど、ねぇ。
糖尿という病気は完治するという事はないらしい。代謝のバランス・コントロールによって一見治まったように見えているだけで、自己管理を放置すればいつでも安定ラインを突破して、二度とは戻れぬ恐怖の「合併症」という世界に突入してしまう。ここに入り込んでしまうと、それはもう笑っていられない生き地獄を味わう事になる。私ももう少し遅ければ“昏睡状態”や“失明の危機”だったようだ。
点滴を両腕に射つなどして緊急処置でとりあえず難をのがれたが、今回の入院は私にとって最後通牒を突きつけられたようなものだった。

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<病室はお隣がカーテンで仕切られているだけの6人部屋でした>

<2010年4月>

 退院してから初めての検診をしてもらった。摂生をした甲斐あってヘモグロビンA1Cの数値はほぼ目標に近い6.2%だった。入院した時の14.5が如何に異常であったかがわかる。数値がそこまでいくと身体がどの様な状態になるのか痛いほどよくわかったが、糖尿病の困ったところは「痛み」や「苦しみ」がほとんど感じられないまま、ほぼ最終状態まで進行してしまうところにある。気付いた時には遅すぎたというケースが実に多い病気のひとつだ。

 一度糖尿病になってしまうと完治する事はまず無いと言われている。その事が糖尿病と診断された人が落胆してしまう最たる理由のようだ。常に恐ろしい合併症と向かい合わねばならないと考えると、まるで牢屋に入れられた終身刑の身であるかのように感じてしまうのだろう。
 しかし見方を変えれば、これは実に「生きるチャンス」なのだ。右の高血糖に片寄っても左の低血糖に片寄っても危険な方向に向かってゆく、常にバランスを取りながらの生活は…まさに生きてゆくための実地トレーニングをしているようなもので、ボサ~っと生きて知らない間に死に直面してしまうよりは、ずっと価値ある生き方が出来るように思える。

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昔の写真に色を着けていたら、なんだかSFっぽい雰囲気になってしまった。

<2010年6月>

人権に関わる仕事に就くようになって、改めて自分に課せられたテーマが再発見できた。それは「マイノリティという存在の価値」である。
考えてみれば、幼い頃から私が自主的に、または運命的に直面してきたものは、マイノリティそのものであった事に気付いたのである。

◆力の有無や強弱で結果が変わる事においては認められる(弱者救済の思想は、また別課題として考慮される)しかし、数の理論(多い少ない)によって有利不利の差別を受ける事は是認されるものではない。

     勝負に敗れた者にも生存の権利を与えること。これが基本的ルールであろう。それはリベンジの機会を与えることになるかも知れない。しかし、それを恐れて根絶やしを画策し完膚なきまでに抹殺するのが前近代的な考え方だった。

     表の歴史は勝者によって作られる。ならばマイノリティの生き様はどのように伝えられるというのか?

     民主主義(デモクラシー)の原則は「多数決の理論」のように言われているけれど、それは大きな間違いである。本来の民主主義とはマイノリティを受け入れる事である。


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こどもの頃には空の向こうに遥か大きなものの存在を感じたものでしたね~

<2010年7月>

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長く生きていれば、そりゃあ争いに巻き込まれ傷つく事もあるだろうさ。自分の気持ちとは裏腹な場面に遭遇して、すっかりボロボロになってしまう事だってあるさ。しかし、ね…それでもなんとか生きていれば、きっと何処かにたどり着いて、何かいい道を見つける事だってある。そしてその時に言うのさ…「この傷跡が生きてきた勲章なんだ」って。

☆☆☆

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戦争の焼け跡をさまよう…狂気が去った後の虚脱感
小説の挿絵風に描いた絵です

瓦礫の中を飛び出して、たくましく“そして優しく”生きる…そんな生き様を絵にしてみたいですね。

<2010年9月>

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強い人と弱い人の2種類があるのではなくて、強さと弱さはひとりの人間の中にある。
人には誰にでも弱さがあって、悔しいことや悲しいことがあります。
違いは、それをどう表現するかです。

いつも泣いてばかりの人もいれば、一方でいつも威張ってばかりの人もいる。
外見上は正反対ですが心の中は同じです。
違いは、それをどう表現するかなのです。

<2010年12月>


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[覚書]我思う故に我在り/2009 [【アーカイブ】]

◆このブログを再開して四年が過ぎた。初めは、ただ何となく…次に作品づくりのモチベーションを高めるための思考メモとして…そして書き綴っている内に新しく取り組むテーマを発見することもあった。
◆これまでの思いつきメモの2009年一年間の中からいくつかの雑記をピックアップしてみた。自分自身の“今”を、思考の流れを辿って俯瞰してみるのも何かの発見になるような気がする。

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頚椎の手術入院をしたのが一年半前、その九ヶ月後に今度は糖尿でまた入院生活を送った。
手足をもぎ取られた者の気持ちは、実際にその状況に於かれなければ分からないものだがそれでも尚生きてゆく事の意味を苦痛の中で探そうとする。
人間の宿命なのだろう、理屈を語ってそこに理由と意義を見出せなければいられない存在というものは。
しかし発見すれば大きく変わることになる。人間の存在に理由などなく、ましてや意義を求めているのは自分自身でしかないという事を。

<2009年1月>

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先日、NHKで「無言館」のドキュメンタリーをやっていた。映画「夢のまにまに」の一シーンに無言館が登場するという事も今回の注目の一因かもしれないが、以前に何かの機会にその存在を知り戦没画学生たちの作品を見たことがあり、記憶の中には印象深く残っていた。そして改めて作品というものについて考えさせられた。

作品とは一種の媒体とも考えられる。金銭的価値とか優劣順位とかで人間の欲望の対象となってしまうから間違った解釈をしがちだが、ただ純粋に媒体と考えれば本来の姿が見えてくる。
送り手と受け手がその魂の存在を確認しあう媒体…それが作品の本質。人間の肉体に留まっていられなくなった魂は何らかの媒体に姿を変えなければ存在できないものなのだ。

<2009年3月> 

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幼い頃に家族みんなで暮らしていた時間が描きたくなって、スケッチブックを持って自転車で出かけた。

当時借家住まいをしていたあばら家が今でも残っている。
貧しい生活だったけれど何かとても豊かだった感触を思い出す。

絵を描いていると通りすがりの人に声をかけられた。こんな触れ合いも久しぶりだなあ…

ほんのしばらくの間だったが、ひたすら自分の絵の世界に没入した静かな時間だった。

<2009年3月>

チベットの寺院の到る所には立派な砂絵が幾多とあるそうな。

数人の僧侶たちがそれぞれ半生をかけて描き上げるという、それは見事な出来栄えであるそうな。

しかしひとたび風が吹けば砂絵ははかなく消えゆく定め、これまで数千年の歴史の流れに現れては消えたる数々の魂。

砂絵ひと粒ひと粒に託した情熱はたとえその身が朽ちるとも、伝承の遺伝子となって時を駆けゆく。

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<2009年5月>

強がりの言葉を口にしていても心の逃げている人がたくさんいる。
立派な悟りを口にしていても心が放棄している人はたくさんいる。

見せ掛けにごまかされてはいけない。
立派な言葉にまどわされてはいけない。
その人が愛を実践しているかを見極めよ。

愛していればその人は見捨てない筈だ。
愛する勇気があれば目を閉じずに相手を見つめられる筈だ。

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愛情があれば問題は解決できる。

<2009年6月>

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▲父の子守唄 

私が赤ん坊の頃、父は夜泣きする私を懐に入れて戸外で子守唄を歌っていたらしい。家族を大切にする苦労人だった父のエピソードである。私が父から教わったもののひとつに「父性」があり、それは子守唄として私の中に生き続けたようだ。

父は左アゴに軍隊で殴られて残った傷跡があった。小さな飲食店をやっていた頃には近所にヤクザくずれがいて嫌がらせを受けていた。世間の不条理と暴力に揺さぶられながらも決して人としての優しさを忘れない人だった。恨みも怒りも背負っていた人だったが、決して優しさを放棄しない人だった。

父の歌う子守唄は“優しいことは強いことである”と教えてくれた。

<2009年8月>

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進む人は進めば良い
戦う人は戦えば良い
それが人の本質と言うのであればそのように行えば良い

怒る人は怒れば良い
壊す人は壊せば良い
それが人の心の業と言うのであればそのように行えば良い

しかし忘れてはならない事がある
最も誇らしい事…

弱き者を支える事
敗れし者を救う事
排除されし者を受け入れる事
…人の誇りを忘れてはならない

<2009年12月>


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