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なぜ今JFK? [随想随筆]

先週、トランプ大統領がJ.F.ケネディ暗殺事件調査の極秘資料を開示すると発表していて私は驚いた。関連書類の公開は当初から2039年まで封印すると公聴会(ウォレン委員会)で決定され約束されていた筈だからだ。
どうして今この時期に封印されてきた資料を公開する
必要があるのだろうか?そういった点で興味がある。が、しかし実際には国家秘密保持のため膨大な資料の内の一部は公開できないとして封印されたままであるらしいので、それでは真相の追求というよりも政治的パフォーマンスではないかという気がしてしまう。

ケネディ暗殺事件に興味を持ったのは映画『JFK』の公開されるより数年前、落合信彦の『二〇三九年の真実』を読んだ時からだった。この本は初版が1979年となっているが、著者の落合信彦は'61年にフルブライト留学で渡米してから11年間の滞米期間中にこの疑惑を調査していたというからかなり早い時期から着眼していた事になる。そしてまとめ上げた記事を文春に掲載したのは'77年の事で、映画『JFK』は公開されておらず(公開:1991年)日本ではケネディ暗殺事件は風化していてまだ現在ほど注目もされていなかった。私も'73年に『ダラスの熱い日』という映画を観て、その頃はオズワルド単独犯説には疑問を感じたりもしたがすぐに忘れてしまっていたというのが正直なところで本を読むまで謎につつまれた真相には関心が薄かった。

ケネディ_本.jpg

ただし私はケネディ暗殺の裏側にはもうひとつ別の深層があると思っている。これは暗殺の真相以上にもっとタブーな領域の話の様に思える。
ヒントとしてはケネディ一家がアイルランド出身であり、ジョン・F・ケネディが政界に進出するにあたっては一族の長ジョセフ・P・ケネディが財力と政治力を強引に発揮したという因縁が布石になっていると思う。ケネディ大統領の政策はアポロ計画や公民権採択など若くしてフロンティア精神あふれる清廉なイメージが強いが反面で米ソ冷戦の延長としてベトナム戦争介入もあり、その権力の成り立ちには表面からはうかがい知れぬものがある筈なのである。

 

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パワーシフトと視点シフト [21世紀の種]

'90年代の初め頃だった様に覚えているが、アルビン・トフラーという学者が『パワー・シフト』という本を書いて話題になった。(※既に'80年代初頭に『第三の波』で著名になっていた)来るべき21世紀を迎えて、これまで19世紀から20世紀にかけての時代を動かして来た“力の源泉の変遷”を考察した内容だった。確かに彼の推測した通り、世界を動かす源泉はこれまでにはなかったインテリジェンス・パワーが発揮されるようになった。
'80年代に『メガトレンド』を上梓して世界のトレンド予測の先駆けとなっていたジョン・ネスビッツは世界がボーダレスになりテロの脅威に晒されることを予言していた。そしてその後出版された『Megatrends 2000』ではやはりパワーの源泉が移り変わり、新しいテクノロジー能力が発揮され始めると記されていた。(※21世紀型の宗教・文化・芸術がコアな部分を形づくる)

さて、世紀末には様々な未来予測が謳われ、21世紀の初めには同時多発テロや世界中で大規模な震災などもあって、大東亜戦争や関東大震災を経験していない私たちには波乱と混迷の時代の幕開けの様に思えたものだった。と、同時に何かパワーの根源が変わってゆくような予感もして期待感もあったように思う。
相変わらず中東は戦禍の歴史を続けているし、米露は過去の冷戦時代に戻りたがっているような気配だし…表面的には何も変わらない様子だが、果たして世界の裏側では何が動いているのだろうか…。

20世紀と比べて、確かにパワーはシフトを始めたように感じる。しかし日々の生活に生きる大多数の庶民にはそんな実感はなく、少しも良くならない生活だけが相変わらず窮迫しているのが現状である。一般に指導者と言われている人たちは人々の事など全く考えていないのであって、自分たちが良くなるための社会構造を変革したり構築したりしているだけの事なのだからそんな発想のアクションが人々に幸せをもたらす訳がない。
そしてこれからの時代、私たちに必要な発想は「視点シフト」なのだと考える。社会の運営をマジョリティ権力に頼って取り仕切られている限り、従属するマイノリティとしての立場が変わらないのなら、組み入れられた社会システムの中で視点を変える事が自由な発想を殺さず歩み始める手段ではないだろうか。

私たちは既に様々な形で固定観念として洗脳を受けて社会を生きている。どこまで行っても管理統制された“1984的社会”の影響から逃れられない限り、自分らしい主体性を持って生きるには視点をシフトさせて新しい発見をしてゆく事が“始めの一歩”なのではないだろうかと考える。「視点を移すアクションは『知の革命』なのだ」

切り株に腰掛ける.jpg


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