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21世紀の種■アーカイブ

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2度の世界大戦、原子力の開発、経済のグローバル化など過去の20世紀に芽吹いた種は、根底で影響を与えながらその延長線上として今21世紀に顕著化した現象となって表われている。


すべての現象にはその予兆となるものがあって世界の歴史は因果関係から成り立っているものだ。そしてその定石に沿ってゆくならば、この21世紀も2050年辺りにはその全容を現し始めることであろう。
そしてその兆しともいえる発芽の種はもう此処彼処に散らばって撒かれ、それは“21世紀の種子”となって見えているに違いない。  


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 


【21世紀の種・記事目録<2009年2月~2018年6月>】 


「21世紀の種」覚書(2009年2月・記)


誤った過去にとらわれるより、正しい未来に目を向けよう(2009年5月・記)


次元を超えて(2009年6月・記)


もしも人間が神の子であるのなら…(2009年6月・記)


ネオ資本主義(2010年1月・記)


マイノリティについての考察(2010年6月・記)


ネオ資本主義VSポスト資本主義(2010年6月・記)


21世紀型勝者の競争理論(2010年7月・記)


糸川英夫博士にエールを送る(2010年11月・記)


種は芽となり花となる(2011年1月・記)


退化ではなく…(2011年2月・記) 


新・Uターン現象(2011年4月・記)


21世紀の基本課題(2012年4月・記)


信じるということは諦めないということ(2012年8月・記)


天地創造(2012年9月・記)


ミステリーサークルと宇宙の謎(2013年4月・記)


宇宙は大きな合わせ鏡(2013年4月・記)


時代の表層~権力構造だけが引き継がれている(2013年6月・記)


プログラミングが小学校の教材となる(2016年8月・記)


パワーシフトと視点シフト(2017年10月・記) 


日本人にとっての正義感の推移(2017年11月・記)


新世紀の発想~書き換えられてゆく思想(2018年6月・記)


■ 



共通テーマ:日記・雑感

漫描雑譚/貸本屋時代 [ギャラリー]

自己の文化面を形成したルーツを辿れば、原風景として映画館と貸本屋が浮かび上がってくる。どちらも私の人生や性格形成に大いに影響を与えていると思える。映画館は地方都市において数少ない貴重な娯楽で、両親は幼い私を夜の9時過ぎから始まる「ナイトショー」と呼ばれる割安時間帯によく連れて行ってくれたものだ。年の離れた姉が大映映画の大部屋女優だった事もあり何かと芸能界には興味のある家庭環境だった。
そして情操教育を担ったもう一方として貸本屋の影響も大きかった。運良く近所に貸本屋が二軒もあって、学校から帰ると毎日のように小銭を握りしめて通った事を思い出す。小学校に行くようになってから親の買い与えてくれる漫画では飽き足らなくなって、自分で貸本屋に出掛けるようになりそこで見つけたのが普段目にする雑誌漫画とは異なった「劇画」という世界だった。

貸本「影」.jpg

現在でもコミックのレンタルはあるけれど時代の様相が違っていて、当時は乏しい娯楽の中の少ない選択肢のひとつとして、特に子供たちにとっては貴重な存在だった。そして子供が背伸びして大人の世界らしきものを覗き見る、妖しくもスリリングな場所でもあったようだ。
学校を終えて外から遊んで帰って来ると、テレビを見るか貸本屋に足を延ばすのが日課になっていた。馴染みの貸本屋には「少年クラブ」「冒険王」「ぼくら」といった一般的な月刊誌も置かれていたが、書店では見られない様なボール紙製ハードカバーの単行本が私のご贔屓だった。一世代前の赤本と呼ばれた祭りや夜店で路地に並べて売られていた粗末な漫画本から少し発展した程度の冊子だったが、それでも内容的には“輝く時代”を反映していたものだった。
今の私たち世代が(比較的に)根本的に世間に対して絶望視しないのは、子どもの頃に培った泥にまみれたバイタリティのような感性があるからかも知れないと思うようになった。その原風景として私は個人的過ぎるかも知れないが、妖しく危なげな環境との同居が大きな要素だった様に思える。貸本屋という独自の閉鎖空間で提供されるアウトロー的な文化は子ども達に必要な反骨と自立心を育む栄養素だった。

貸本マンガ大全集.jpg

カギっ子(両親が共稼ぎで家に帰ると鍵がかかっているのでそう呼ばれていた。「現代っ子」と並んで当時は流行語にもなっていた)だった私は、家に帰ると机に置かれた十円玉が3枚の小遣い30円を持って貸本屋に直行した。雑誌一冊が5円、単行本が10円で二冊くらい借りてくるのが通常だった。残りの小遣いは帰り道に駄菓子を買うためのもので、家に着くと菓子を食べながらテレビのチャンネルをひねる。お昼の3時~4時頃によく見ていたのは色っぽい三ツ矢歌子の出演していた新東宝の映画だったり、榎本健一「エノケンのとび助冒険旅行」伴淳三郎「名探偵アジャパー氏」といった喜劇だった。
テレビが終わるといよいよ借りてきた本をみるのだが、このテレビ映画を見た後に貸本劇画の世界にひたる至福の時間がたまらなく私の情操を豊かにしたようだ(笑)

劇画_台風五郎.jpg

学校の図書館とは勿論まったく違う世界なのだが、児童書とは異なった妖しげな劇画の世界に触れる貸本屋というスペースに匹敵するものが今の子供たちの世界にはあるのだろうか?それはある意味で雑菌の入り混じった混沌の世界かも知れないが間違いなく現実に存在する“生きる命のある世界”なのだ。
かつての貸本とその時代を振り返った時、懐かしさと共に幼かった時代に享受した娯楽に照れながらも感謝してしまう。

 

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