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造語と私 [随想随筆]

特技と言えるのかどうか知らないが私の資質のひとつに“ネーミング”というものがある。販促プランニングの仕事をしていた事もあってイベントやプロダクツの名前をつけることが多い時期もあり、世に出した商品名や店舗名も数々ある。単なるヒラメキ思いつきの類いでもなくまた特にノウハウがある訳でもない、子どもの頃から遊びの中で培ってきたようにも思えるが、思い起こして考えてみると父親からの遺伝の様にも思えてくる。
父親は名前を付ける事が大好きで凝る人だった。自分の店を開業した時は勿論だが、知人が店を開業するときも相談に乗って名前を考えてやることがしばしばあった。孫たちの名前も殆どは祖父である彼が付けるのだが、それが一種の作品の様で趣きのある命名が多かったものだ。孫の一人は役者として最近テレビに出ることもあるが(本人は脚本家を目指す某劇団の主宰)その内に名が出る様になれば少しは命名の由来が語られる事があるかも知れない。

色々なものに名前を付けている内に気がついたのは、自分独自の勝手に作った“造語”というヤツが多いという事だった。思いつくたびに初めの頃は「勝手に作った言葉では相手に理解させることが出来ない」「共有性がなく一般的でない非常識な説明になる」「そもそも自己満足の域を出ない」などと“没”の烙印を押していたのだが、自分にとってフィットする言葉を探してどうしても造語に行き当たる場合は仕方ないと思う様になった。
「必要は発明の母」という言葉があったが、自分の求めるモノが見つからない場合は自分で創造することが一番なのだ。言葉だって同じかもしれない、そう思って今では気にせず勝手に自己解釈で発する単語も時々ある。

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「造語」で思い出すのは何と云っても「Uターン現象」という言葉を生む切っ掛けとなったエピソードだろう。五十年近くも昔の時代で流行語コンセプトという意識もなかったが、今の時代なら『流行語大賞』にエントリーくらいはされていたと思う。’72年にスペインを旅していた頃、たまたま取材に来ていて知り合った雑誌記者との“放浪旅談義”の中から生まれた言葉をヒントに記者が日本に帰国してから記事にしたもので、拙ブログでもヨーロッパを放浪していた頃のエピソード(※「青年は荒野をめざした」)の一編に登場している。
当時は海外旅行の自由化が普及した頃で、若者が特に大学生が休学して海外に出てくることが目立った時代だった。どこの国に行っても、以前は「ノーキョー」で名を馳せた日本人のお上りさんだったが今ではそれが「何でも見てやろう」の大学生に代わって闊歩していた。しかし、一時的にドロップアウトした若者たちはその後どこに行くのだろうか?そんな問い掛けに当時の私は「原点回帰で故郷にUターンする事になるだろう」と答えていた。“トレンドとか潮流”といった言葉がまだ一般化していない時代でもあり、そんな思いつきの様な言葉がまさか時代に定着するとは思ってもみなかった。

振り返ってみれば、それぞれの時代に作られた“私的造語”はその時々に即した自分の気持ちを反映しているようだ。時代は常に混沌としているがその中からどの様なコアを見出して取り上げるかがその人の感性と価値観に委ねられるもので、その意味では“私的造語を創ることは、時代に対峙する自分のスタンスをあぶり出す良い手法とも言えそうだ。

 

タグ:ネーミング
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いっぷく

Uターン現象は、造語ということを意識せず使っていました。
昔、ホンダのインテグラが発売されるときの広告のプロジェクトに入れていただいたのですが、センスのない私は、当時の阪急上田監督のマスコミ向けに選手を持ち上げる「〇〇は、ええで」という言い方が、金田正一監督の「やったるで」のように知られているかと思い、「インテグラ、ええで」というコピーをペイドパブの記事中に使ったのです(笑)。
が、そもそも人の作ったものはやはりしっくりこなくて、「カッコインテグラ」にかわって純広のキャッチになることはありませんでした。
by いっぷく (2019-06-30 14:33) 

扶侶夢

>いっぷくさん、ご来訪&コメント有難うございます。

ははは…(笑)インテグラと関西弁はマッチングしませんか、やはり。
芸能界だけでなく雑誌編集や広告業界でもマルチに手腕を発揮していたところは私も共感します。
by 扶侶夢 (2019-06-30 21:48) 

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