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私流カミングアウト(4)~ヤクザなるもの [随想随筆]

自分の身辺事情をストレートに告白するという意味合いで“カミングアウト”というようなタイトルをつけてみたが、これは俗に言う“赤裸々な懺悔録”という趣向のものではない。
自身のこれまの生き方を直截に判断しようとするとどうしても話が回顧的な内容でカビ臭くなってしまうというものだが、未来に向かって建設的でも前向きでもない告白をそろそろ終焉が見えかけてきた人生を総括するという意味で書き出している。


「私とは一体どういう人間なのだろう?」
学生だった頃に仲間と徹夜で語り合った、何だか青臭い哲学的自問のように聞こえるが今改めて頭に浮かび上がって来た。半世紀以上も生きて既に人生の黄昏時を迎えている私は改めて自分の生い立ちを確認するかのように郷愁に誘われる事が多くなったようだ。そんな自分の中に残っている自己形成の中核には様々な事件や体験によって織りなされているとも言える。人は生まれついてのDNAに影響を及ぼされる部分もあるけれど、生きてきた環境や状況そして人々との出会いによって自己形成されるものだ。幼児期の原体験として取り込んで来た様々な出来事や事件は潜在的な部分においても生涯生き続けている。
そして私自身に於いては負の体験として、その中に“権力に対する抵抗”というものが息づいている事を発見する。圧迫する力を“権力”というふうに捉えるには青年期を迎えるまで時間を必要とするが、自分より強い者に対して感覚的に拒絶する習性を持ち合わせていたようだ。

幻炎03.jpg

幼児期を振り返ればそこに暴力と隣り合わせの生活があった。粗末な長屋を連ねた一角に祖母も含めて六人が暮らしていたが(長女の姉は私が物心ついた頃には女優志願で東京に出て行った)近所にヤクザくずれのチンピラが女房子供を囲って暮らしていた。背中に彫りモノがあるところをみるとどうやらかつては組員だったらしくその辺の事情を周囲の大人たちは知っているのか、必要以上に恐れている様にも見えた。
このチンピラおやじがどうも始末に負えず、特に我が家に因縁をつけて嫌がらせをしに来る。私の父はご近所との争いが嫌なので頭を下げて体良く治めようとするのだったが、その様子を見ている幼い私にはそれがとても屈辱的な姿に映っていたものだった。
そういった不条理の鬱積した感情が幼児期のトラウマとなって定着してしまう前に、私は克服するためのブレイクスルーをしたようだ。近所の子供たちを集めては色んな遊びを仕切ってリーダー的存在になっていた私は、私より一歳年上だったチンピラおやじの息子も部下の様に従えることで立場の不均衡を解消していたのだった。
考えてみれば矛盾しているようにも見える。権力を行使する“弱い者いじめ”が嫌いだったくせにその障害を解決するためにいつの間にか力を身に付けた立場になろうとしていた。


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