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徒然描写~5~ [日々の背中]

往く川の流れは絶えずして かつ消えかつ結びて久しくとどまりたるためしなし
徒然なるままにカメラに向かいて そこはかとなく何をか写し出さんとや
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かつてプリントした写真を一枚ずつ貼り付けて保存する「アルバム」というものがあった。
現像やプリントに手間がかかりまだ貴重な品としてコストも掛かっていた写真を、有り難そうに丁寧に並べて保管しておく。そんな用途があったことを私たちは忘れている。

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いまでも「アルバム」という同じ名称は残されているがその本質は少し変わった様に思う。色褪せ始めた写真の集合を見ていると、そこには時間と空間に一体化した人々の連帯を垣間見る。

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徒然描写~4~ [日々の背中]

往く川の流れは絶えずして かつ消えかつ結びて久しくとどまりたるためしなし
徒然なるままにカメラに向かいて そこはかとなく何をか写し出さんとや

津城跡.jpg

古いガラクタ入れの箱から未整理の褪せた写真が出て来た。50年近くも昔の執り止めのないものばかりだったが、その殆どがハーフサイズの写真で、そこには個人的な自分史として焼きついている時代の空気が流れていた。

後楽園遊園地S43.jpg
 ▲後楽園遊園地/昭和43年頃

羽田空港S43.jpg
 ▲羽田空港/昭和43年頃

NHK放送センター.jpg
 ▲NHK放送センター/昭和43年頃

横浜港.jpg
 ▲ 横浜港桟橋/昭和46年頃

離港テープ.jpg


その昔、私が小学生の頃ハーフサイズのカメラが流行した。当時カメラは高級な嗜好品で写真が趣味という人も今ほど多くはなかった。一般的には撮影したフィルムを現像所(D.T.P.)に渡してプリントしてもらうのだが、そこそこのコストが掛かるものなので無駄な撮影はしないように心掛けていたものだった。(自宅で現像・紙焼きする暗室を持つ様な趣味の人は少なかった)
そこで登場したのが件のハーフサイズ・カメラという訳だ。フィルム半分のスペースに被写体が収まる仕組みなので撮影できる枚数は二倍になり、フィルム代や現像料は約半額にカットされて経済的。一眼レフカメラが20万円もした時代だったから、ハーフサイズでコンパクトなカメラは庶民に受け入れられて大ヒットした。

Ricoh_オートハーフ.jpg
▲ 一世を風靡した「リコー・オートハーフ」

 

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徒然描写~3~ [日々の背中]

往く川の流れは絶えずして かつ消えかつ結びて久しくとどまりたるためしなし
徒然なるままにカメラに向かいて そこはかとなく何をか写し出さんとや

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郷愁の中に見る風景は 夢か現(うつつ) か幻か…
輪郭のぼやけた世の中は もはや混然の墨絵の様だ

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「現在」は「過去」の延長線上に在る。今では見ることも無くなった風景の中に、生き続ける何かを発見することがある。

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徒然描写~2~ [日々の背中]

往く川の流れは絶えずして かつ消えかつ結びて久しくとどまりたるためしなし
徒然なるままにカメラに向かいて そこはかとなく何をか写し出さんとや


白石.jpg

新年を迎える神宮の佇まい 流れる空気が身を切るように澄んでいる。
ハレ(
霽れ・晴れ)とケ(褻)の暮らしの中で踵を正すひと時を過ごすのも良いものだ。

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 ▲ 神様の宝物の倉庫

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徒然描写~1~ [日々の背中]

往く川の流れは絶えずして かつ消えかつ結びて久しくとどまりたるためしなし
徒然なるままにカメラに向かいて そこはかとなく何をか写し出さんとや


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かつて遊郭のあった界隈。品の良い遊び人たちが集まっていた古の処には風情を大切にする仕来りがあった。

武家屋敷の名残りには侍の生活が垣間見られる。

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 ▲本居宣長の棲家・鈴家。二階が書斎

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歳を取ったせいか、落ち着いた佇まいが恋しくなる。
我が町の身近なところに見つけたモノクロームの庵。

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私の日常空間 [日々の背中]

'60年代末期、アングラ文化の一端として「ハプニング」というカテゴリーがあり、その中に自分の日常の暮らしを公開して作品にしてしまうというアバンギャルドなアートがあった。
若かった私は一種の憧れのような気持ちで、そんな非日常的な芸術活動に夢を描いていた。

路上での展示や演奏というのもあったが、街ゆく人々が日常をアートとして受け止めるにはまだ違和感があった時代だった。
しかしそれも今では『YouTube』のような媒体が出来て、誰でも簡単に日常をアートにして発表できる環境が整っている。羨ましい限りだ。

アトリエ(仕事場)と書斎とギャラリーを持つというのが若い頃の願望だった。
その三点があれば何だか自分の世界の自由を手に入れたような気分になれた。
それは自己満足の幻想世界かも知れないが、“パンのみにて生きるにあらぬ”人間の希求なのだろう。

スケッチブックや描きかけのキャンバスなど乱雑に置かれているものを整理して並べてみた。
ちょっとしたギャラリーの雰囲気になった。
老後のこれからの時間に自分の作品を展示したギャラリーの中に暮らすのもナルシスティックで良いかもしれないと思った。

壁ギャラ_b.JPG 

そしてそのギャラリーの片隅には愛蔵書で埋められた書庫がある。
書斎兼仕事場として私にとっては隠れ家的な安らぎの場でもある。

私の友人の中にも蔵書家は多く居るが、それぞれの収集に個人のテーマが発見出来て面白い。
蔵書家の多くはもちろん読書家であると同時に蒐集家でもある側面を持っているように思う。私の場合は蔵書の3分の2は最後まで読み切っていない。本というものはただ読むためだけの物でもないという事が最近になって分かってきた。

書庫.jpg
 ▲この一角はほとんど漫画本で埋まっています…(^^;;; 

画架が並んでいるわけではないが、かつて事務所として使っていたスペースが私流のアトリエ~仕事場である。
若い頃から「仕事は日常生活の延長上にあるべき」と考えていたので結局この様なライフスタイルになった。
人生の終盤には北欧フィンランドにアトリエを持って、そこでゆっくりと絵を描いていたいなどと話していた事もあったが…最近は色々な事情で「無理かな?」と思うようになって来た。
もう少し先になればベッドや家裁道具を持ち込んで、ギャラリー兼アトリエで寝泊まりする生活をしてみようかと考えている。日常生活を公開して作品にしてしまうという試みがここで成就する事になるかも知れない。

壁の額.JPG 

現在はもう殆ど隠居に近い日々の過ごし方だが、実は心の底で再び社会的デビューを企んでいる部分がある。
個人の心情としては「老いたる者は禅譲すべし。後方支援に尽くすべし」という考えで口に出してもいるのだが、ひとつだけ出来れば実現させておきたい事があるために、まだ心残りが少しある事も事実なのである。

いさぎよくこの社会に未練を断ち切れるのはいつの事やら?

 


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ささやかなデビューをめざして [日々の背中]

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四十代の初めに漫画のコンテストにエントリーして賞を得たことがある。
狭き門の受賞なので名誉なことらしく、全国紙の地域欄で記事として紹介された事もあって
まだ若気の私は意気揚々として喜んでいたものだった。

もっと上のランク入りを狙おうと思っていたが、生活上のトラブルが重なってそうもして居れなくなり
落ち着いた頃には毎年恒例だったコンテスト自体が無くなってしまっていた。

…それから20年が経過して、
還暦を迎えた私は社会的立場から距離を置く“精神的な隠居”を決め込んでいた。
自分なりに栄光も挫折も味わったつもりで、世の中の一般的な尺度から解放されたいという思いもあったからだ。
名誉も求めず、社会的評価という基準からも離れることは引きこもりではなく“自己満足に生きる”ということだった。

ある時、「絵本という自己表現」に気づいてから少しずつ私の未来が変化を始めた。
社会的なものに対する忌避意識と解釈が少し変わり始めたようだった。

様々な葛藤があることには変わりないが、
とにかく私の部分(肉体と精神)の半分を社会と関わり合おうと考えるようになった。
それが「還暦デビュー」というコンセプトの成り立ちである。

 還暦デビューブログ.jpg

私としては多少なりとも忌避していた“社会的なるもの”にこちらから出向いて行こうとするには気恥ずかしい気持ちがあるにはあるのだが、使命感というよりは一種のDNA宿命的な感覚で捉えている。

…そして今年、久しぶりに応募した「はなわハガキ漫画グランプリ」に入選させて頂いた。
“社会に何らかの形でデビューする”アプローチを標榜しようと考える私にとって大変ありがたい受賞だったと感謝している。

展示風景.jpg
 ▲福島県塙町にて展示の様子

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 ▲入選作品集の冊子に掲載 

金一封も有り難かったが、賞金のことよりも選ばれたという事にこの先の希望を頂戴した気がして感謝している。

福島県塙町における一市町村でのささやかな入選デビューかも知れないが、還暦を過ぎてから久しぶりにアクションを起こし選ばれた私にとっては“意義深い一歩”のような気がしている。

 


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日々の背中:その14 [日々の背中]

何も逆らう必要はない

だからこうして描いている。

語り尽くしたつもりでも語り尽くせぬこともある。

だからこうして描いている。 

猫とスケッチ.jpg 

何も惑うことはない

だからこうして描いている。

私のはっきりしている事

それは「マイノリティの視点・ダイバーシティー/多様性価値観の視点」 を
自分のスタンスからずらさないこと。

“表現する意識”を見失わず“与えられた天分”を使い切ること。
つまり自分の運命を“生き切ることだと思っている。

居眠りミカン_b.jpg

…自分の運命を生き切る…ってか。
ん~上手いこと言うなぁと自画自賛(笑) 

☆ 

絵本を作ったり、写真を撮ったり
日常を眺めながら制作をすることは
まさに「日々の背中」を眺めながら生きている実感だ。 

diaries.jpg

日記をつける習慣が始まったのは中学一年生の時。
それから長い空白の期間もあったが、
そんな空白の時代も含めて50年近くの間 日記が綴られていた事になる。

私にとって興味深いのは、ところどころに描かれている落書きみたいな挿絵。
今の私自身よりもずっと純粋で真摯な視点を感じるものがある。

 


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日々の背中:その13 [日々の背中]

今日はとっても気分が乗っていて

何だか調子よく絵筆が進みそうだ。

…と思っていると、 

目の前の机にドッカリと寝そべる愛猫の登場。

ミカン仕事机_b.jpg

ん…

さて、どうしたものかと少し思案して

ミカン仕事机_c.jpg

ミカン仕事机_a.jpg 

今日は、もう絵を描くことはお仕舞いにした。


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糖尿病/覚悟のはじまり~再び [日々の背中]

いつもこの時期になると体調の変化を感じる。
少し気になったので、糖尿の治療入院から退院した頃の過去のブログ記事を見ていたら生々しい当時の様子が記録されてあったので、自分に警告する意味でも、再アップすることにした。

 

【平成22年4月29日・記】 

半月間程の治療入院から退院をして自宅に戻ってきた。2年前に続き2度目の入院だった。今回は診察にかかった時点で、血糖値が580、ヘモグロビンA1Cは14,5という前回以上に危機的状況だったようだ。
ここに至るまでには“のどが渇き、視力が著しく衰える”“唾液が出ずに満足な食事が出来ない”“体重が
10キロ落ちて顔面が痩せこける”などなど自覚症状はあったのだが、我慢してやり過ごすだけで対処をしてこなかった事が結局、悪化の一途を辿った訳だ。…わかっちゃいるけど、ねぇ。
糖尿という病気は完治するという事はないらしい。代謝のバランス・コントロールによって一見治まったように見えているだけで、自己管理を放置すればいつでも安定ラインを突破して、二度とは戻れぬ恐怖の「合併症」という世界に突入してしまう。ここに入り込んでしまうと、それはもう笑っていられない生き地獄を味わう事になる。私ももう少し遅ければ“昏睡状態”や“失明の危機”だったようだ。
点滴を両腕に射つなどして緊急処置でとりあえず難をのがれたが、今回の入院は私にとって最後通牒を突きつけられたようなものだった。

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<病室はお隣がカーテンで仕切られているだけの6人部屋でした>

 


・・・あれから4年が過ぎた平成26年5月

 

先日採血をしたばかりの結果待ち状態なので、最新のヘモグロビンA1Cがどれくらいの値になっているのか定かではないのだが、自分の感覚では数値は少し上がっているのではないかという気がしている。それが気がかりだったので血液検査を受けたのだが、私のような不摂生な者でも時を見て身体状況をチェックしておく必要はあると思います。 

 

糖尿病との闘病生活…というよりも「糖尿とのお付き合い生活」を準記録風エッセイにして綴るのも面白いかも知れませんね。「糖尿ロッキー」…なんちゃって ^^)

私はドクターでも何でもない一介の市民だけど、自分の経験から喫煙を止める方法を体得して知人に実践した事もあるので、こちらも何らかの形で実証的なものにしてみたい。 
そう考えると「病む者は幸いなり」とも言えますね。それを克服する道を探ることが、それと闘うことが自分の価値の証しになるのですから。


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日々の背中:その12 [日々の背中]

家族の者が脳梗塞で倒れて外科手術を受けた。
脳血管の詰まりをバイパス手術で補うという難しい手術で、病名は「もやもや病」と言うらしい。
なんだか冗談みたいな病名だが、国の特定疾患に指定されているようだ。

8時間ほどの長い手術で一応無事に終わり、三日間の集中治療室から個室に移されたがこれからの生活が難関である。
施術後の後遺症の半身麻痺は回避できたようだが、言語障害の起こる可能性はまだ残されている。 

これからどんな局面と向かい合うことになるかも知れないが、関わりあう家族の一員としてしっかり受け持ってゆこうと思っている。
決して悲観したり放棄することなく、直面してゆくことは私自身の人生のスタンスでもある。

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家族の一員として暮らしている長老猫「ミカン」がここ数日、病魔との闘いの日々だった。 

食事も立つことさえも出来ず、時には目を開けたままボーっとしていて魂が抜けたような状態だった。亡くなってしまったのかと恐る恐る瞳孔を確かめて、生きていることが判明して安心したものだ。

痛みや苦しみは無さそうだったが、トイレにも行けず体内に毒素が廻るのではないかと心配してついには病院に行くことになった。
注射を打ってから、ようやく食欲が少しばかり出てきて今は回復状態にある。
グッタリしていて力なく抱かれるが、体重は半分くらいに減ったような気がして一気に老衰した感じがしている。

この歳で病気に掛るとツライよなぁ、回復しても以前の様には戻らない。
自分自身の行く末を見ているようで「しっかりしろよ」と声を掛けたくなる。 

ミカン寝姿.jpg

たまたま命に関わるような重い病状で緊迫した日常が続いたために
なんとなく悲痛な感じに伝わるかも知れないが、実際にはそんな気分にはなっていない。
そんな事よりも、この局面をどうやって乗り越えてゆくか
どうやって勇気を奮い立たせてゆくか…自分自身が崩れ落ちないようにしてゆく事が大切な事で、
しっかり付き合ってゆこうと腹が決まれば、案外とハッピーな気分にもなれる…なんて言うととても不謹慎なんでしょうね。

そんなヤツなんです、私というヤツは。

☆ 

【嗚呼、人間というヤツは…】


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桜香る日々 [日々の背中]

視力が一段と衰えて

歩調もたどたどしく

筆をとる握力もめっきり弱くなった。

周りも私自身も少しずつ これまでとは違う流れに乗っている。 

心を惑わすような喧騒が聞こえることもあるが

私は確かな香りを嗅ぎながら

桜香る日々を愛でている。

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これまで花鳥風月などという言葉を知らなかった私が

今年は何故か 空や風の匂いを嗅ぎながら時の流れを確かめている。

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体も心も盛りを過ぎて

若気などというものに照れながらも

桜香る日々に恋している。

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[平成26年4月/伊勢市五十鈴川周辺]


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日々の背中:その11 [日々の背中]

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じっとこちらを見ている気配がする。

足跡も残さずに雪の上を跳ねている。 

☆ 

トリミングからすっかり外れてゆく君。

首を傾げながら何を探しているのだろう?

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申し訳ないが最近は贅沢な気持ちで暮らしている。そんな事でいいのかという声が聞こえてきそうだが、こんな事なのだから仕方がない。こんな風にして生きていられるという事はこれまで様々に悩み苦しみ自分なりに闘ってきた故なのだと思い至れば、嗚呼人生とは何と意味深きものなのだろうと感じ入る。

歳をとって身体的な機能や能力の衰えを自覚するようになったけれど逆に満足していることもいくつかある。その中のひとつが「矛盾というジレンマがなくなった」という事である。
これはそれなりに歳を経て様々なものを剥ぎ取らなければ分からなかった事なのかも知れない。矛盾のジレンマ・悪循環から解放されたことによって改めてこの世の明快さを眺めることが出来る。

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無人駅 [日々の背中]

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早朝に目覚めたら 雪が降っていた
 
何層もの澄んだ空気の向こう側に
 
じっと列車を待つ 無人駅が浮かんでいた
 
しんしんと雪を肩に受けながら
 
ことこと列車の足音を ひたすら待っていた

………
 
雪の中に 時間が埋まってゆく。 


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式年遷宮~20年という歳月 [日々の背中]

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生まれてから三回目の式年遷宮。20年に一度の神宮再生儀式のクライマックスが今年行なわれている。

お木曳とお白石持という二大行事があるが、十代から二十代に掛けて海外で暮らしていた一時期を除いては、過去の東京・名古屋で暮らした時期にも被らずに、伊勢神宮の神領民としてすべて参加していた事になる。

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六年前に新しい神殿を造るための御神木を運ぶ「お木曳き」という行事を行なった。今回は出来上がった新しい神殿の前に敷く白石を運ぶための行事である。

大きな樽に入った白石は総重量どれほどのものであろうか?「エンヤエンヤ」と声を掛けながら綱を曳き神域に運び納める。

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街中を練りながら一路神宮の境内に向かって進んでゆく。観光客の中には特別神領民の襷を掛けて参加している者もいる。 

交通も遮断して数万人の人出で溢れかえっている。この様な日々が数日間続くのだから、さすがに20年に一度の国家的儀式の様相は充分に呈している。

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境内に近づくと、エンヤ曳きが始まる。勢いをつけて一気に神社の中に曳き込む最終のみどころがこのエンヤ曳きである。これまでゆったりと練って来た曳き手たちが、惜しみなく最後の力を振り絞ってお白石を境内に運び込む。

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伊勢神宮・内宮の入り口に到着したお白石は、その後、参加した神領民ひとりひとりの手に配られて境内の新しく建造された神殿に並べ置かれる事になる。

20年に一度、神殿の中に入れる唯一の機会が、このお白石持行事である。

私は次回二十年後の遷宮の時にまだ生きているだろうか?生きていたとしても、もう綱を引いて参加するような事は出来ないかも知れない。

そう考えると、子供の頃から関わってきた遷宮という“神々の再生リサイクル運動”も今回が見納めと心得た方が良いのだろう。

これまでの20年。これからの20年。…20年という歳月をどのように受け止めようものか…。

 

 


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