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漫描雑譚/貸本屋時代 [ギャラリー]

自己の文化面を形成したルーツを辿れば、原風景として映画館と貸本屋が浮かび上がってくる。どちらも私の人生や性格形成に大いに影響を与えていると思える。映画館は地方都市において数少ない貴重な娯楽で、両親は幼い私を夜の9時過ぎから始まる「ナイトショー」と呼ばれる割安時間帯によく連れて行ってくれたものだ。年の離れた姉が大映映画の大部屋女優だった事もあり何かと芸能界には興味のある家庭環境だった。
そして情操教育を担ったもう一方として貸本屋の影響も大きかった。運良く近所に貸本屋が二軒もあって、学校から帰ると毎日のように小銭を握りしめて通った事を思い出す。小学校に行くようになってから親の買い与えてくれる漫画では飽き足らなくなって、自分で貸本屋に出掛けるようになりそこで見つけたのが普段目にする雑誌漫画とは異なった「劇画」という世界だった。

貸本「影」.jpg

現在でもコミックのレンタルはあるけれど時代の様相が違っていて、当時は乏しい娯楽の中の少ない選択肢のひとつとして、特に子供たちにとっては貴重な存在だった。そして子供が背伸びして大人の世界らしきものを覗き見る、妖しくもスリリングな場所でもあったようだ。
学校を終えて外から遊んで帰って来ると、テレビを見るか貸本屋に足を延ばすのが日課になっていた。馴染みの貸本屋には「少年クラブ」「冒険王」「ぼくら」といった一般的な月刊誌も置かれていたが、書店では見られない様なボール紙製ハードカバーの単行本が私のご贔屓だった。一世代前の赤本と呼ばれた祭りや夜店で路地に並べて売られていた粗末な漫画本から少し発展した程度の冊子だったが、それでも内容的には“輝く時代”を反映していたものだった。
今の私たち世代が(比較的に)根本的に世間に対して絶望視しないのは、子どもの頃に培った泥にまみれたバイタリティのような感性があるからかも知れないと思うようになった。その原風景として私は個人的過ぎるかも知れないが、妖しく危なげな環境との同居が大きな要素だった様に思える。貸本屋という独自の閉鎖空間で提供されるアウトロー的な文化は子ども達に必要な反骨と自立心を育む栄養素だった。

貸本マンガ大全集.jpg

カギっ子(両親が共稼ぎで家に帰ると鍵がかかっているのでそう呼ばれていた。「現代っ子」と並んで当時は流行語にもなっていた)だった私は、家に帰ると机に置かれた十円玉が3枚の小遣い30円を持って貸本屋に直行した。雑誌一冊が5円、単行本が10円で二冊くらい借りてくるのが通常だった。残りの小遣いは帰り道に駄菓子を買うためのもので、家に着くと菓子を食べながらテレビのチャンネルをひねる。お昼の3時~4時頃によく見ていたのは色っぽい三ツ矢歌子の出演していた新東宝の映画だったり、榎本健一「エノケンのとび助冒険旅行」伴淳三郎「名探偵アジャパー氏」といった喜劇だった。
テレビが終わるといよいよ借りてきた本をみるのだが、このテレビ映画を見た後に貸本劇画の世界にひたる至福の時間がたまらなく私の情操を豊かにしたようだ(笑)

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学校の図書館とは勿論まったく違う世界なのだが、児童書とは異なった妖しげな劇画の世界に触れる貸本屋というスペースに匹敵するものが今の子供たちの世界にはあるのだろうか?それはある意味で雑菌の入り混じった混沌の世界かも知れないが間違いなく現実に存在する“生きる命のある世界”なのだ。
かつての貸本とその時代を振り返った時、懐かしさと共に幼かった時代に享受した娯楽に照れながらも感謝してしまう。

 

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小説「ゼロの告白」/第六章 [ギャラリー]

【ゼロの告白/第六章~限界の淵】

 人生は一度切り。過ぎた時間は返ってこないし死んでしまえばそれっきり。そんな事は分かっているけど何故か見てみたい間際の淵。
 「卵が先か、鶏が先か」という言い回しがあるけれど、どちらが原因とも判断つかない因果関係はよく見られる事で、この男の場合も死の淵に立たされる経験は何処から来るものなのかは実は良く分からないでいた。生涯に何度も体験して来た生死の境い目はもしかすると幼い頃の流転の生活がそうさせたのかも知れない、いやそうに違いないとも思えるのだった。

 若い頃から意識の中で占めていた「どんな環境でも生き延びられる人間になりたい」という願望は既に幼い頃の行動にもその兆候が見られていたようだ。どんな環境でも生き延びられるという事は裏を返せば「どんな環境が生き延びられない限界なのか」という命題を突き付けられている事になる。どこまでが可能で生きることを許される範囲なのかいつも考えては試してみたがる、気が小さいくせに冒険的な実験に好奇心を持つ子供だった。デパートの屋上に遊園地のあった時代、この少年は遊園地で遊んだ後はいつも親の目を盗んでそっと屋上仕切りのフェンスを乗り越えてしがみ付きながら片足を宙に浮かせては“この世の生存の限界”を実感しながら確かめていた。
 スリルの快感を味わっていた訳ではない。その行為は言い知れぬ不安と恐怖に襲われる逃れたいほどの苦痛だったが、それなら何故敢えて求めるのかという問いがこの男の個性の不条理な部分でもあった。学生の頃は様々な自己矛盾に悶々としながらも前に進まなければ落ちこぼれてゆく時代の強迫観念に追い立てられ、その理由を探るよりもとにかく前に進む行動あるのみという結論で行くしかない時代でもあった。

高台の家.jpg

 

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小説「ゼロの告白」/第五章 [ギャラリー]

【ゼロの告白/第五章~ライク・ア・ローリング・ストーン】

 人生は一度切り、どう生きるかによって答えは決まる。生まれながらにして器量や才能を持ち合わせていたり、財や富といった境遇に恵まれて人生の成功を約束されているような者を運命論的で決めつけるのも勝手だが、未知への冒険を恐れない者ならそんな考えには落ち着かないだろう。

 つまり世の中や人生を悲観的な諦めた気持ちで投げやりに生きることは勇気を失った生き方という事だ。この男の場合も何度か人生を投げ出そうとしたことがあった。生きることを放棄する、そんな気持ちになって引き篭もった事もあった。しかしその度に何かをリセットして振出しに戻り、新しい目標を掲げて歩み始めるのだった。

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 無一文で夜行列車に飛び乗り東京にたどり着いた男には失うものは何も無かった。訳も分からず怪しげな求人募集に食いついて気がつけば風俗店の住み込み店員の職に就いていた。風俗店の一員として勤めていたのは一年足らずだったが、そこで働く女性たちとは仲良く働けた。出入りするヤクザの幹部たちも懇意にしてくれて“自分はこの世界に向いているのかも…”と思うこともあった。
 この頃の男は何に対しても貪欲に吸収する欲求があるだけで、だからこそ何に対しても不満を感じることが無かったようだ。どんな処遇を受けてもどんな環境に置かれても、まるでそれを楽しんでいるかのようにさえ見えるある種の不敵さを持っていた。幼児期から大人たちの間を転々と順応を強いられて過ごしてきた少年時代は、彼にいつ如何なる時も場に溶け込んでその中核を掴む才能を磨いてくれたようだった。

 

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漫描雑譚/大人の漫画 [ギャラリー]

当たり前の事なのだが、世の中の暮らし風俗のすべては移り変わって当初の意味合いも風化してゆくものだ。「青春」という言葉のニュアンスさえ現代では移り変わっているのだろう。追いかけてみても無駄な事なのだが、過ぎ去った日々の中に何か大切なものを置き忘れて来たような気になる事がある。それはたぶん間違いなく大切なものなのだが、だからと言って取り返しに戻る訳にはいかない。大切なものだった事に気づいたことが“よく生きた”という証明なのだろう。

幼児期を思い起こしてみれば私の周囲の子供たちは今よりもませていたように思う。「おマセ」という言葉が流行っていたように、大人びた子どもが多かった。大人びたと言うよりは大人に近づこうと背伸びしている子供たちだったように思える。
生活の中の娯楽として漫画とテレビがあり、技術上の未熟さはあっても内容的には決して幼稚ではなかったように覚えている。無邪気ではあったが幼稚ではなかった、こういったコンテンツのあった事が今の若者たちに通じるだろうか?

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小学校が午前中に終わった日は急いで家に帰ってテレビの昼番組「お笑いタッグマッチ」や「おとなの漫画」を見ていた。まだワイドショーなどが始まる前の時代で、知らず知らずの内に時事問題に接するのはこういった番組があったからだ。
そしてその延長として、普段は少年雑誌の漫画を読んでいる私も時には父親の読み捨てた「漫画読本」を読むことがあった。

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そこにはいつもの雑誌漫画とは違った大人の世界の主人公がいた。「フクちゃん」や「おトラさん」「ベビーギャング」といった大人たちの間での人気キャラクターが新鮮に思えたものだ。
ちなみに「おトラさん」は柳家金語楼の当たり役で映画化もされている。

昭和40年代にはアニメにもなってお茶の間の子供たちの人気キャラとなった「サザエさん」も元はと言えば朝日新聞連載の大人向け四コマ漫画で、単行本は貸本屋に並んでいてよく見かけたものだった。

よく考えてみれば、漫画というものは大人たちの間で広まったものだった。江戸時代の「北斎漫画」もあれば、平安時代の「鳥類戯画」は日本の漫画のルーツとも言われている。
「遊びをせんとや生まれけむ」大人こそ戯れの中に真の姿を取り戻すのかも知れない。イギリスやフランスなどでも海外の漫画の多くは大人の人々を読者として想定しているものが多かった。だからフランスのバンド・デシネ(漫画)で有名なメビウス氏(本名:ジャン・ジロー)はアーチストとして認められている。遠藤周作まんが.jpg

大人の漫画という観点からみれば、日本の漫画は独自の発展を遂げて来た。それは日本古来から伝わる日本人の芸術性なのだろう。漢字から発展させてひらがなを生み出してきた技巧的な加工能力は衣食住すべての面で発揮されている。海外から輸入されたものを日本人向けにマッチさせる工夫はずば抜けている様に思う。

話しを大人漫画に戻すと、私が多感な少年だった’60年代は青年漫画が台頭し始めた頃だったが大人漫画もまだ健在の時代だった。小島 功「仙人部落」、富永一郎「チンコロ姉ちゃん」、杉浦幸雄「アトミックのおぼん」etc.

そんな大人漫画の時代だったからこそ『漫画読本』には有名著名人の描いた珍しい作品も残っている。
今では日本政界のドンとなった中曽根康弘氏が総理大臣になる以前の国会議員だった時代に描いた『現代の怪獣 キング・ドゴール』
タカ派で知られていた彼の面目躍如の一枚だ。

「沈黙」の著者で仲代達矢まんが.jpgもある作家・遠藤周作氏はさすがひねりを効かしてウィットに富んだモチーフとタッチで『いじわるなデート』という作品を掲載していた。
クリスチャンでもあり真摯なテーマを小説にしていた彼も、漫画では衣を脱いでくつろいだテイストで取り組んだようだった。


俳優・仲代達矢氏の作品『深夜営業禁止』は全体に何となく彼の生真面目さがうかがえる様に思うのだがどうだろう。
漫画と言えども手を抜かずに一生懸命描いている姿を想像してしまう作品だ。表面には出ていないが社会正義を信条とする彼の生き方の一部を垣間見る気がする。

今ではすっかり忘れ去られている様子の“大人の漫画”というジャンルだが、ユーモアを理解する大人のセンス・バロメーターとして本来ならもう少し受け入れられていても良さそうなものだと思う。


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漫描雑譚/カックン親父と爆笑ブック [ギャラリー]

昭和三十年代、全国的に貸本屋が流行っていた時期があった。団塊の世代と呼ばれる層が小中学生だった頃の時代だ。当時の少年たちを夢中にさせていたものは月刊雑誌に連載されていた「少年ジェット」「まぼろし探偵」「七色仮面」等でTVでも実写で放映されていた。(ちなみに当時は娯楽もまだ男性主体の風潮で、少女たちの間でも人気の少女雑誌はあったがTV化されるものは少数だったように思われる。)

貸本屋に置かれている漫画の多くは「劇画」といわれる青年向けのもので、一般書店の少年向け雑誌とは一線を画していた。さいとうたかを、佐藤まさあき、辰巳ヨシヒロといったアクション派や、いばら美喜、古賀新一、水木しげるの怪奇・怪談、そして小島剛夕、白土三平、平田弘史の時代劇画などひしめき合う競合の中でギャグ漫画として人気を誇っていたのが滝田ゆうの「カックン親父」だった。

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主に短編読み切りだった愉快な漫画を“ギャグ漫画”と呼ぶようになったのは赤塚不二夫の頃からで、それ以前は“ユーモア漫画”と呼ばれていて少年雑誌の分野では前谷惟光、山根赤鬼・青鬼、板井レンタローなどが活躍していた。その後トキワ荘グループの中から赤塚不二夫、藤子不二雄、石森章太郎たちがメジャー雑誌界を席巻するようになるが、貸本の世界では『オッス!』の水島新司(後に「ドカベン」「野球狂の詩」など野球漫画で一世を風靡するが当初は関西お笑い漫画の人気作家だった)そして『爆笑ブック』で連載していた滝田ゆうといった面々が活躍していた。
私はその中で何といっても滝田ゆうの「カックン親父」が忘れられない。子供ながらにもカックン親父の軽妙なユーモアが大好きで、当時ファンだったクレイジーキャッツの笑いとシンクロするところがあった。笑いのツボがTV的でその画風や動作の描写は天才的だと思っていたが、数年後にメジャー雑誌に登場するや否や「寺島町奇譚」を発表して押しも押されもせぬ“人情漫画の雄”となった。

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貸本時代の名作の復刻を願っている私の推薦版のひとつに、この「カックン親父」は欠かせないユーモア漫画の秀作である。まさに今の時代にはもう見ることも出来ないであろう昭和の匂いのする逸品と言える。

 

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小説「ゼロの告白」/第四章 [ギャラリー]

【ゼロの告白/第四章~預かりの身】

 他所の飯を食べる…。幼い頃の体験が何か特別な事のように意味付けられる事もあるようだ。人間は裸一貫で生まれてくる。考えてみれば生まれたときから何かにすがり何かを注入されながら生きているのだが生まれ出でた時点では何の予備知識も固定観念も無い。生まれ出でる環境や条件を自分で決められる訳ではなく、ましてや親を選んで生まれて来る訳でもない。人は育ちながら自分に適した人生や世の中の概念を作り上げてゆくものなのだ。その考えはこの男が幼い頃から様々な環境で流転の様に育ってきた事と無関係ではないように思える。

 行商で朝早くから家を空ける両親に物心ついた頃から他所に預けられて一日を過ごす暮らしを習慣づけられてきた。幼稚園に入園するまでに数か所の家庭を転々としたがその中には酷い家族もあり、いじめや差別の他にも満足に食事も与えられずに栄養失調に陥るという事もあって決して楽しい日々という訳ではなかった。

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 幼い頃の育つ環境や生きてゆく条件というものは一方的に与えられるもので 決して選べるものではないのだが、その後の成長段階で自分の与えられた条件をどのように解釈して捉えてゆくかは個人の資質によって異なっているものだ。この男は神経質で臆病な性格だったくせに、どういう訳かおっとりとした雰囲気を漂わせて周りの環境に溶け込んでいるかのように見えた。彼は無意識のうちに身の回りの状況から自己を肯定させる要素を見い出す“目利き”を発揮してきた。それは環境に順応しながら生き抜いてゆく生きものとしての生存本能なのかも知れない。男は「肯定的に受け入れる」という考え方こそが生存の秘訣としてふさわしいと選択してきたのだった。

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漫描雑譚/鉄人アトムの話 [ギャラリー]

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雑誌『少年』で連載を始める前の予告ではタイトルが「鉄人アトム」という構想だったんですね。連載スタートは昭和27年でしたが、実はその一年前に「アトム大使」というタイトルで連載をしていてロボットのアトムはわき役で登場していたのが始まりです。

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元々は手塚治虫の鉄腕アトムに対する思い入れはそれほどでも無くってTVアニメ化する時も「ジャングル大帝」レオの方がやりたかったらしいです。アトムにはもっと社会批判やメッセージ性を込めたかったけれど、アイドル的なキャラクターとして別モノになってしまった事が意欲を衰えさせたようです。何かの対談で“ワースト作品”として鉄腕アトムを挙げていたのを読んだ覚えがあります。
当初はアトムを地球人と宇宙人との橋渡し的な大使にしたかったものが、いつの間にか愛されるキャラクターとして地球を守る“正義の力”的存在になっていった事は不本意だったのでしょう。


昨今のスピンオフ-ブームに乗って「アトム ザ・ビギニング」が登場しました。とても面白い発想として評価は出来ますが、ある意味で本来の鉄腕アトムのコンセプトとは大きく変わってゆくでしょう。こうやって歴史というものは変色してゆくのでしょうね。
これまでも様々な名作と言われる作品群がそれ以後の時代の評価によって作者のモチーフとは別解釈されて伝わっていきましたが、それこそが時代を越えて生き続けてゆく“名作の宿命”なのでしょう。


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小説「ゼロの告白」/第三章 [ギャラリー]

【ゼロの告白/第三章】


 昭和五十二年十二月。寝袋と現金5万円だけ持って夜行バスに飛び乗り、東京駅丸の内に着いたのは翌日の早朝だった。
 駅出口の階段を下りて地下の『東京温泉』でひと風呂浴びるとそれまでの緊張感が和らぎまるで気ままな旅に出たような錯覚に襲われた。根っから呑気者の自分自身に少しばかり呆れた気もしたが、すぐに気を取り直して冬の寒空に顔を向けた。
 都会の電車は既に早くから人々を運んでいる。ふらりと飛び乗った環状線は気がつけば渋谷ハチ公像の前に来ていた。


 通勤時間にはまだ早い当時の早朝ハチ公像前にはその日の仕事を求める人たちが集まる場所でもあった。俗称『ニコヨン』と呼ばれる日雇い労働者を何処からともなくやって来たトラックが乗せてはそのまま工事現場に直行するという、労働基準法を完全に無視した無法の労働市場がそこにはあった。


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 もう少し時間が経てば大都会の通勤ラッシュにこの界隈も雑踏の嵐と化す。男はハチ公像前に腰を下ろしてこれからの行く先をぼんやりと想ってみた。何か計画を持って出て来たわけではない。まさに行き当たりべったり風が吹くままの股旅だ。


 初めての街に足を踏み入れたら、まずは駅の構内で体を休ませながら街の空気に馴染ませるのがパセンジャーとしての異邦人のセオリーである。
 知り合いもなく顔見知りもいない誰から相手にされることもない空気の様な存在の自分が、何かの種を蒔いて育ててゆくにはまず地慣らしから始める事が妥当な方法だろう。子どもの頃から様々な場所で転々と預けられてきた習性から少しずつ環境に馴染む生き方を最良の術として身につけてきたようだった。


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『プログラミン』の投稿実験 [ギャラリー]

2020年から小中学校で導入されると言われているプログラミング教育。
21世紀の子ども達の必須項目として注目されています。
私も少しばかりかじってみようと文部科学省が運営する『プログラミン』サイトに登録しています。

このサイトは文部科学省が広く一般に啓蒙するための体験用ウェブアプリケーションで、自分のパソコンからアクセスしてお絵描きやゲームをしながらプログラミングの基本が学べ実感する事が出来ます。



とりあえず無理せずに出来る範囲での習作をアップしておいて、もう少し慣れてくれば音などを入れたものを後日更新のテストも兼ねてやってみようと思います。



昨年に大きな転換期のようなものがあり、年が明けた現在でもまだ空白状態が続いている感じで、年が明けてもしばらくブログの更新もしていませんでした。
ブログ以外にもあまり積極的な行動をしていなかったのは、当面の日課が病院通いで忙しかったせいもあります。

2月中旬に手術が決定して、そのための準備検査が続いています。年が明けてからすでに2回、脳MRIと眼底検査を行いました。
今回のロボット手術という選択は総合的には一番リスクの少ない方法だという事で決めたのですが、唯一の問題点としては、身体を逆さにして施術するためにそれに耐えられる肉体的機能を検査されるというわけです。
次回の検査では前立腺MRIということで造影剤を注入して癌の進行具合を調べるそうです。現在得られている画像データが半年ほど前のものなので、手術直前の状態を見ておくためなのでしょうね。

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これまでの掛かり付け病院の紹介を受けて、近くでロボット手術の出来る病院として大学の附属病院を選んだのですが、初めて受診する病院なのでなかなか勝手が分からず院内では苦労しています。
IT管理された現代的なシステムなのですが、窓口には勝手が分からず戸惑っている高齢者が結構いるように見受けられます。


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平成29年 正月 [ギャラリー]

 

新年あけましておめでとうございます。

いい事ばかりではないだろうけれど、決してクサらず希望を持って
これまでとはひと味違う一年にしたいですね。

やりたい事をひとつでもふたつでも実現させられますように…

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小説「ゼロの告白」/第二章 [ギャラリー]

【ゼロの告白/第二章】

振り返って考えてみれば、目に見えて蓄えられたものが何も無い男になっていた。
次から次へと流れるように生きてきた。その時その時を真剣には生きて来たが、何も残してこなかった。
“次につなげてゆく、蓄積してゆく”という計画的な生き方をして来なかった自分に気がついた。
「人生は一度きり、チベットの砂絵のようなもの」とうそぶいていた男だったが、時には通俗的な気分で見得を切りたくなる事も事実で、何も形のあるものでは証明の出来ない事を知ったときに軽い疑問が頭を過ぎる事がある。

「私が確信しようとしているものは一体何なんだろう?」
その男は自分の人生を自分の手でしっかり掴んでいるという自覚がある。子供の頃に恐れていた事々がひとつずつ解消され、堂々と生きる感覚に支えられている。もしもここで人生が終わるのであれば、それはそれで良いとも思える心境である。しかし、まだまだこれから物語りが続くとなると、今後の展開と身の振り方を考えて行かなければならない。目に見える実績らしきものも、社会的地位らしきものも何も持ち合わせていない自分自身に対して、本当に私は泰然自若としていられるのだろうか?
そしてこれから先も、このままで何も築き上げる事無く、自分なりの答えを抱きながら淡々と生き続けてゆけるというのだろうか?

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もがきながらも辿り着いた終の棲家は悩みも消え失せた楽園のように思えたが、暫らくするとそこにも居続けられない自分の業の様なものが目醒めてくるのだった。
「何も求めない」という気持ちだけでは生きられないものなのか?放浪の果てには待つものも無く、郷から遠く離れ続ける定めでしかないのだろうか?

☆☆☆

 

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小説「ゼロの告白」/第一章 [ギャラリー]

【ゼロの告白/第一章】

 その男は若い頃から「どんな環境でも生きてゆける自分になりたい」と思っていた。
だから、時として自分らしくない自分を装って、自分にふさわしくない場所に飛び込んだりもした。
 常に様々な問題と直面したけれど、守りの姿勢を持たない私は緊張感こそあれ、それ程の恐怖心も感じていなかったように思う。
 青年時代に海外で放浪の旅をしたせいか、見知らぬ新しい土地に飛び込むことには慣れっこになっていた。見知らぬ土地に、馴染みのない人たち…そんな出会いと別れの連続の日々を過ごしていたのは、青春の多感な時期だった。
 その何にもしがみ付かず、何も残さない生き方は男にとっては“自分の本質と最もかけ離れた生き方”であった。
 

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 その男の幼児期は、後にして思えば、魂の流浪を学ぶ時間であったようだ。
朝早くから晩まで両親が行商に出て不在の毎日であったために、3歳の頃から他所の家庭に半日預けられて暮らす日常であった。
 預けられた家庭も一箇所ではなく、幼稚園に通うまでの3年間に4つの家庭環境を転々とした。ある家庭でそこの子供にいじめられた事もあれば、粗食をあてがわれ続けて栄養失調になり掛けた事もあった。常に新しい環境と新しい人間関係の中で“やり直しの繰り返し”を続けてきたのだった。

 

☆☆☆

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個人的な記憶をデザインに生かす事の必要性 [ギャラリー]

気になった発見があったのでメモすることにした。

オランダのデザイナーによる『老人ホームのドア』のデザイン。
画一的で殺風景な施設のドアを個性を尊重した思いのあるデザインに変えた実例。
ここには認知症老人の個性を尊重する重要なヒントがあると思った。

まずは、紹介されているサイトをご覧ください。

 http://tabi-labo.com/279173/truedoors

私が感心したのは、老人個人の持っている記憶の中からデザインモチーフを引き出している事。
一人一人違うドアのデザインを“思い出の宝庫~アイデンティティ”として捉えている事です。
?

これには軽いカルチャーショックを受けました。
そんな視点があったんだ!

『認知症を患ったおじいちゃん、おばあちゃんたちのドアが以前、自分たちの住んでいた家とそっくりのものに変わる。すると、彼らは昔の想いで話を楽しそうに語り始めるんだそう。
心に大切に留めておいた記憶のドアを開ける手伝いも、もしかしたら、この生まれ変わったドアが担っているのかもしれない。』(true door_アートプロジェクトより)

こういったアイデアや事例を見るたびに私は“世界はまだまだ可能性を秘めている”と感じます。
私たちの思いや能力が至らないだけであって、『世の中を良くする発想のきっかけ』というものはいたる所にあるようです。
そのためには私たちがもっと自由に思いを馳せるようになることが大切なんでしょうね。

medium_DOOR.jpg
 ↑ 「true doors」Web サイトより転載[レジスタードトレードマーク]

 


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『プログラミン』を楽しむ [ギャラリー]

以前に紹介した文部科学省推奨の『プログラミン』を少し練習してみました。
2020年から小中学校の必修科目になるという事で、孫たちに尋ねられたら困るので少しばかりマスターしておこうという心づもりもあります。

 ※「プログラミングが小学校の教科になる」(平成28年8月2日・記) 

初回にログインして登録しておくとそれ以後は立ち上げただけでスイスイ操作できるので面倒くささが無くって快適です。
やはりテキストがあった方が分かりやすいけれど、購入してから途中で飽きると無駄になるので当分の間は図書館から借りて来ています。(『Scratch』の方は世界的なトレンドなので購入しましたが)

ちょっと手の込んだことをしようとすると下図のようにたくさんのプログラムを組み立ててゆくことになります。テキスト形式のコマンドではないのでその辺が視覚的で分かりやすいけれどチョット目障りでもあります。

プログラミン試作2.jpg 

キャラクターを選んで下の欄からプログラムを選んで加えてゆく、作業としてはそれだけの単純なものなので、あとは個人の創意工夫でバリエーションが作れます。

以下にとりあえず動かしてみたテスト作品をアップしておきます。
テキストを参考にすれば試行錯誤しながらも15分足らずで出来ました。

 

前に紹介した文部科学省の『プログラミン』サイトでは使い方を動画で分かりやすく説明しています。
かつて流行ったお絵描きサイトみたいな感覚で気楽にアニメーションをつくりながらプログラミングの基本的な仕組みがマスター出来ます。

将来の子ども達はPCに追従するのではなくて、自主的にアプリを作り上げてゆくのでしょうね。
それでこそようやくメディアや情報に縛られない主体的生活が出来るようになるのかも知れません。

 


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頑張ろう! [ギャラリー]

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これは遥か30年も昔の物語。
童心ワールドを駆け巡る乗り物に「ガンバロー号」というのがありまして…

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乗務員たちは「ガンバロー T-シャツ」を着用して
異次元ツアーを日々楽しんでおりました。

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そんでもって、ある日旅立った先は
「スイーツ・ランド」なんていう甘ったる~い国。

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その後も、様々な国を旅したガンバロー号は、旅のフィナーレに、幸せが満ちていると言われている「雲の国」をめざしました。

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▲今回の“即席ストーリー”はガンバロー号を紹介するためのモノで…本来のオリジナルは全く違うお話です。^^) 

☆2011年7月18日/記 

【ガンバロー号】


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